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初恋の人という呪い

漂流 漫画『惡の華』が僕の感覚にピッタリきたので、同じ作者の『漂流ネットカフェ』という作品を借りてきて読んだ。 これまたピッタリで、グロいけど素晴らしかった。 中学生の時の初恋の女性の意外な行動。その時、緊張して勇気が出なくてその先に進めなかったことの後悔。 もしその先に進んでいたら…? これは初恋の女性に、自分のありえたかもしれない理想を投影しているわけだけど、とても良くわかる。 関係を未完了のまま、あこがれのまま残している異性というのは、ある意味で呪いのように人生に作用するものだ。 その憧れの女性が、自分が生きられたかもしれない愛に満ちた理想の時間を映し出して誘惑する。 現実ではなく、ファンタジーに引き込もうとする。 それと戦ってそのファンタジーを切り裂いて人は大人になるものだ。 それができないとファンタジーの中にひきこもり、実際の人生の有り様を「そんなはずではなかった!」と心の中で否定しながら、自分の幻想を支えてくれる作品を取り込み続け、ファンタジーに燃料をくべ続けることになる。(それはそれで豊かではないかとこの時代は言うが) ではそのファンタジーを超えるには、どのようなイニシエーションを通過する必要があるのだろうか? 投影された理想を超えるような魅力的な現実を作ってそれを生きるか。 現実の異性という生々しい肉体と存在に何度も触れることでファンタジーを追い出すか。 あるいは理想の相手の老いた現実を目の当たりにするか。 漫画のあとがきで作者は、この作品は自分のトラウマを元にして描いたとしている。描き終えることで長い間の思い出の檻から出られたのだと。 作者は描くことで自分の中のファンタジーを殺したのだろう。 同じようなテーマで『秒速5センチメートル』という美しいアニメ映画がある。 でも、『秒速~』はファンタジーを美しく賛美してファンタジーに燃料をくべる作品であるのに対して、『漂流ネットカフェ』はファンタジーを破壊するものだ。 その意味で暴力的で猥褻にも関わらず、後者の方が実は教育的だったりする。 非常にグロいのでとてもお勧めしにくいけど、特に男性にはお勧めします。
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