感覚を拡張した先に

夜中の3時に目が覚めて、「あれ?目覚める時空を間違えた?」と思うほど現実感が希薄で、

こういう時はTakagi Masakatsuに限ると思って曲を聴いたり、YouTubeで映像作品を見たり、ネットでインタビュー記事を読んだりしていると、気付けば朝…。(現実が始まろうとしてる…。)

しかし、この人の幅広い才能には本当に驚く。

そしてそれを代表して数曲で伝えるのはとても難しい。

まとめサイトがあった。
http://matome.naver.jp/odai/2136806984830534201

最もメジャーなのがこの曲 『girls』映像作家でもある。

 

これぞエレクトロニカという初期の作品 『Private Drawing』

 

そして最近は日本の原風景的なものが加味されて温かさが増した 『Horo』

 

最近の作品は聞いていると本当に魂が喜ぶ。

そしてこのインタビューに激しく共感した。
http://www.cinra.net/interview/201410-takagimasakatsu

そもそも日本を代表する世界的アーティストが京都の亀岡で育って、今現在は京都と兵庫の県境の超田舎で畑を耕しながら暮らしているという事実が既に面白い。

以下、インタビューから抜粋。

『たとえば、1つの仕事で満足を得ようとすると、いろいろ無理が出てくると思うんです。僕の場合で言うと、CDだけで食べていこうとすると、音の作り方ももっと分かりやすくしないといけなくなるのかもしれません。でも他にもできることがあると思えれば、とことん自分の満足することをやって、どうしても足りない部分は他の仕事もやろう、っていう考えになってくるんです。ちょっと話は変わるんですけど、今、自然農法に興味があって。肥料をやらないから農薬をまく必要がないのはいいのですが、その代わりにそんなに大きく育たないし、量も少ないんです。でも味は最高に美味しい。これを増やすにはどうしたらいいかな? と考えたのですが、もう単純に新たに開墾して、種をたくさん蒔けば収穫が増える。身も蓋もない、ただそれだけのことなんですけど、これはいろんなことにも言えるなと思いました。』

『僕が引っ越した一番の理由が、70、80歳以上の人たちから実際に何かを引き継げる最後のチャンスだなって思ったんです。自分のこれからの20年、30年をそういう風に使いたい。作家の石牟礼道子さんなど、上の世代の人たちの作品や、国内外問わず自然に近いところで昔ながらの生活している人たちが奏でる音楽に魅了されてきましたが、そういう作品に触れて魂が震えるほど感動している部分って、自分で生み出してみたくてもできないんですね。それっぽい真似をすることはできますけれど、同じ強さの表現はできない。やっぱり元になっている体験がないから出てこないんです。山に柴刈りにいったり、火を熾したり、畑をしたり、祭りをしたり。自分の身体で体験して初めて「こういうことだったのか」と分かるものだらけなんです。』

『僕、自分の人生で究極的に何がしたいかといったら、感覚を広げたいだけなんじゃないかと思えてきたんです。解像度を上げたいというか、今まで見えてなかったところまでちゃんと味わいたい。本当だったら100まであるところを30くらいしか味わってなかったらもったいないですよね。ピアノを弾いていても、毎日少しずつ発見があって、今まで何で気付いてなかったんだろうっていう単純な事実に驚かされるんです。「ここまでだと思ってたのに、こんなに味わえるんだ!」って。そういうときが生きていて一番楽しいし、それしか求めてない気がします。本を読んだり、誰かと話したり、何かを経験したりするのも、「まだこんなにあったんや」って感じたいから。なんとはなしの不満や不安、欠乏を感じているのって、それが感じられないときだと思うんです。』
特に、『ピアノを弾いていても、毎日少しずつ発見があって、今まで何で気付いてなかったんだろうっていう単純な事実に驚かされるんです。』というような、

感覚が拡張されるような体験。

これが大切なのだと、最近はつくづく思う。

紙の上でアイデアを広げたり考えたりしていても出てこないけど、集中して文章を書くことで入っていける世界。日々のカウンセリングの集中と繰り返しの中で初めて突入できる心の深さ。

そういったレベルの微差こそが、決定的に他との違いを生み出すもので、ビジネスでもとても大切なもの。ジョブズのApple製品にあったオーラの源。

それは経営セミナーで戦略を学んだりポジショニングとかUSPとかやってても決して入っていけない芸術の領域だ。

ここで勝負できるビジネスは良い。

この領域はなかなか簡単には競合が入ってこれないので、落ち着いて丁寧に仕事ができる。

自分の内側のペースに従って生きることができる。

そのようになるためには多くの情報を集める方向だけではなくて、集中して磨きをかけることで見えなかったものが見えるようになること。

違いが分からなかったところに違いが見い出せるようになること。

そっち方向の努力が必要だ。

外側で溢れてる情報がむしろ、深く研ぎ澄まされていくことを邪魔する力になっていないか、注意しなければならない。

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感覚を拡張した先に」への1件のフィードバック

  1. もあ

    日頃感じているだろう憂鬱は、こういう事を求めていたのかと少しわかって、心地よいものが私にも得られるかもしれないと思うと、急に頭がすっとして驚きもし、ちょっと秘密ができたみたいなわくわくを感じました。
    なかなか共感できる人が周りに居なくて、いつも疲れている自分も面倒になりますが、今日は少し元気になれてよかったです。ありがとうございます

    返信

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