月別アーカイブ: 2012年5月

天命や天職はいかにしてあなたの心をノックするか?

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みなさんこんにちは。

今日は、私の本職であるカウンセリングの経験から、天職や天命についてお話ししたいと思います。

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うつ的な症状やモチベーションの低下で悩む人達をカウンセリングしていると、ある一定数の方は、通常のメンタルヘルスの分野よりもずっと深い次元に原因があることに気付きます。

自分の頭の考えとしては進むべき方向も目標も定めているのに、自分のもっと奥深く、いわば魂とでも言っていいような奥底が、「そっちじゃない。そっちじゃない」と疼き(うずき)

それでも意識では今の仕事に目標を定めているし、責任も感じるからなんとかして前へ進もうとします。でもどうしてもエネルギーが出ない。

自我の頑張りで無理やり進んでも、しばらくするとまた揺り戻されるように、ヤル気がなくなったり身体が動かなくなる。

こういった症状は心療内科に行くと、うつ病と診断されますし、実際にうつ症状なのですが、

しかし、そういった訴えで来られる方のうちの2割程度は、魂による強烈な人生の修正作用として、この症状が出ているのです。

深い霊性を備えた心理療法家であるゲイ・ヘンドリックスは言っています。

「ペルソナ(社会的な仮面)の上に築いた人生は、魂によって破壊されることになる。」

実際に魂の疼きのような問題にさらされている方に多いのは、緻密に人生設計を立ててコツコツとキャリアを積み上げ、収入や社会的地位を得たにも関わらず、

自分の奥底がそれを捨てたい、壊したいと感じているということです。

しかし、それではあまりに不安で突飛なので、これまで通りの人生にしがみつこうとします。

そうすると、魂は病気を創りだしてでも、その人が行くべき方向に進ませようとします。

今までのキャリアを捨てろと迫ります。

天職とは英語でcallingと書きますが、それはまさに呼び出しのようなもので、頭でしっかりと作り込んだ人生があることもお構いなしに、力強く呼び出しが起こります。

その呼び出しを無視し続けると、魂からの呼び出しは時に激しく痛みの伴うものとなるようです。

ただ、こういった魂からのcalling、つまり「天職」や「天命」が誰にでもはっきりとあるのかと言えば、そうとは限りません。

カウンセリングを通じて1000人以上の人生の物語を紐解いてきて思うのは、天命を持っていることで激しい痛みを伴った呼び出しに合う人もいれば、

天命を求めて自分探しのモラトリアムに長年ハマりながらも、いっこうに呼び出しのかからない人もいらっしゃいます。

それはどうやら最初から持って生まれたもののようで、はっきりとした天命の無い人は無い人で、人生にある程度の自由度があるようです。

ですから、世の中に流布しているメッセージとして、

「天命や天職なんて夢みたいなこと言わずに、今ある仕事を一生懸命やりなさい!」というのはある人にとっては正しいのです。

また、逆に「いくら頑張ったとしても、いくら苦労を重ねたとしても、魂の声を無視していたのであれば、十分に生きたとは言えない。」というのも、ある人にとっては必要なメッセージなのです。

あなたはどちらでしょうか?

ドラクエが可能にし、そして現在のRPGが失くした箱庭的快楽

みなさん、こんにちは。

ブログ初回のネタとしてはちょっとアレですが、ドラクエ(ドラゴンクエスト)ネタからスタートします(笑)
4月1日のエイプリルフールに、Googleがグーグルマップをドラゴンクエスト風に表現して世の中を驚かせましたね。

そのマップを見て「懐かし~。」とワクワクする気持ちが蘇って、ドラクエをやってみたくなりました。

そして10数年ぶりにドラクエ5をやってみて、驚きました。

ほんとに面白い。ワクワクする。もうええオッサンなのに…。

それで、この面白さって何なんだろう? って考えてみて気付いたのは、

これって世界を単純化してアイコンとして体験することで感じられる面白さなんですね。

現実の世界というのは当たり前だけど、とても奥深くて、風景1つとっても情報量が非常に多い。

一節には人間が生きる世界の情報量は1秒間に数億バイトあると言われています。

そして、当然ですが、目に見える建物の中には何があって、どんな人がいて何を考えているのかは、決して把握できません。わからないことだらけなのです。

(現実の街)

僕らは自分のいる世界の全容を把握することは無く、世界の表面のその更にほんの一部分しか認識できない。

人生を精一杯生きたとしても世界のほんの一部分の0.000000000000000000001%くらいを見て触れて体験する程度の小さな存在が現実の僕らです。

でもドラクエはその世界をシンプルに記号化することで、世界を俯瞰して、まるで世界を完全に把握しながら生きている(冒険している)かのような体験を可能にしています。

(ドラクエの街)

現実には決してありえないこの感覚。

これって、とてつもない癒しなんですね。

その意味でドラゴンクエストとは、箱庭療法のようなものかもしれない。 

世界を極限までシンプル化することで起こる癒しと、世界を完全に把握できているかのような快感がそこにはある。

でも、ゲーム業界はもう10年以上もその真逆に行っていますね。

リアルに描画して、視覚イメージを現実に近づければ近づくほど気持ち良いはず! という怪しい前提の上に仕事を積み重ねている。

最近のファイナルファンタジーシリーズは確かに目を見張るほど美しい。

でも、その結果僕らは「決してこの世界の全貌を把握することも理解することはできない。」という実人生と同じ卑小な自己感覚を、わざわざ娯楽であるゲームの世界でも味わうことになる。

いまひとつワクワクしないし、実生活に似た疲労感さえ感じる。

昔のドラクエのように箱庭的に世界を俯瞰して自己像が肥大するような快楽と癒しは起こらない。

これは、同じRPGでも、プレイ中に脳の中で起こっていることは質的に全く異なるということですね。

で、面白いな~と思ったのは、昔のドラクエにそういった箱庭療法的な力と魅力があったのは、製作者がそれを意識して作ったからではなく、単にテクノロジーの限界があったからにすぎないってことなんですね。

ファミコンにそんな描画能力は無いから、2Dで世界を表現するしかなかった。

そして、テクノロジーが進化して描画能力が上がるに従って、ゲームメーカーはしのぎを削って、そのハードの限界まで使ったリアリティーを実現してきた。

これはこれで正当な進化だし、僕も毎回その美しさに感動させられました。

でもRPGが持っていた快楽の本質をしっかりと捉えていたら、別の方向への進化もあったかもしれないと思うんですね。

巨額の製作費をつぎ込んで、世界中の才能がしのぎを削って戦っている、「よりリアルに!」「より刺激的な視覚効果に!」という戦場。

そことは全く違う価値観で低予算で制作して提供できる価値があるということです。

これは今の世の中の構造そのままですよね。

グローバリズムでしのぎを削っている厳しい世界があり、テクノロジーの進化も情報量の増加も著しい昨今。

でも、人間の本質なんてそれほど変わっていないのだから、本質さえわかっていれば8ビットのファミコンくらいのテクノロジーを使ってでも、大きな喜びと価値を提供することは可能なのかもしれません。

ドラクエをやっていると、そういう当たり前の感覚を思い出させてくれます。

ブログはじめました

37歳の誕生日である今日、自由と開放感を持って生きるために、このブログを開設した。

無料のブログサービスを使うかどうか悩んだ結果、わざわざ新規ドメインを取って、今勢いのあるWordPressを使うことにした。

無料で手に入る人気のブログシステムであるWordPress。

オフィスも持たない会社によって、旅をするように移動しながら仕事をしているクリエイターによって作られたこのシステムは、

今回僕が書いていこうとしているブログのイメージにとても合っている気がした。

そしてインストールをして5分でその予感は確信に変わった。

まず、最初に現れた入力画面。

最初の一文。

『5分でできるWordPressの有名なインストールプロセスへようこそ!Readmeはお暇なときにでもお読みください。』

なんかいい。とても気が合いそう。

そしてインストールが驚くほど早い。

ほんとにインストールされたのかと疑うくらい早い。

5秒くらいじゃなかっただろうか?

そして、そんな僕の驚きを見透かすような、この言葉。

『WordPressがインストールされました。もっと何か作業をしたかったですか?がっかりさせてゴメンナサイ。これだけです!』

ゴメンナサイ!って、なんか軽いけど、サラッとしててイイ奴だなぁ。

そして、何も設定せずにとりあえず開いてみた、自分のブログの美しさに感動。

 

昔、Movable Typeを使った経験から、最初はものっすごく味気ないデザインのブログを覚悟していたのに、このサプライズ。

そりゃ、世界中から愛されるわけだ。

もう、このまま使っていいんじゃないか。

上質なものは品があるなかに人の温かみがある。そして何か嬉しい予感のようなものを感じさせてくれる。

そんなわけで、WordPressの軽さに感性を刺激されつつ、

清々しい開放感とともにこのブログをオープンしました。

今後ともよろしくです。