月別アーカイブ: 2013年1月

世界がどうにも早すぎる

速度

昨日の14時にネットで注文した住所入りのハンコが、今朝9時に届いた。

求めてる以上に早すぎて正直ちょっと、引いた…。

もちろん嬉しいけど、こういうのがスタンダードとなって、当たり前に要求される世の中って果たして幸せだろうか?

顧客の満足を追求しすぎて、働き手の満足が犠牲になってなければいいのだけど。

昔々、旅行でカナダに行った時、カナダのバーでビールを注文しても、出てくるのが驚くほど遅いというエピソードを日本人ガイドさんが話してくれた。

ある日本人のアルバイトが素早く仕事をしたら、仕事が早すぎて逆に怒られたのだそうだ。

「お前がそんなに早く仕事したら、周りのみんなも早く仕事しないとダメになるじゃないか! 自分勝手なことするな!」と。

それを聞いて僕ら日本人観光客はゲラゲラと笑ったし、そのバスの中で僕が読んでいたのは「Getting Things Done(GTD)」という今では有名になった、ワークフローを最速化する仕組みについて書かれた本だったのだけど(笑)、

あれから10年近く経って、日本の労働環境の凄惨さに触れる度に、あの時は笑ったけど、あのカナダ人の考えの方が実は正しかったのではないかと、何度となく思い出すこととなった。

僕らは誰しも、お客であると同時に働き手でもあるからだ。

お客の権利や満足ばかりを追求して、働き手の満足が犠牲になっているとしたら、それは廻り回って自分の働き手としての側面(つまり大部分)をも不幸にしていくだろう。

だから理想を言えば、顧客の満足と働き手の満足のちょうど中間点でバランスさせることが、社会全体の幸福度を高めるのだと思う。

自由競争社会ではもちろんこんなこと言ってる訳にはいかないことも分かってるつもりだけど、

全体の幸福を考えたら、ハンコが届くのもAmazonの本が届くのも3日かかるし送料も取られるけど、運送屋の兄ちゃんが季節を感じながらのびのび笑顔で働いてて、少々のミスをしてもお客が笑って許してくれる世の中のほうが絶対に幸せですよね。

僕らも一方で、というより大部分は働き手として生きているわけですから。

お客様は神様だ! もっと早く! もっと安く! と競争しまくった結果、働き手としてのお父さんお母さんは時間に追われて疲弊して、逆にまだ社会の中でお客の立場でしかない子供達は物に溢れすぎてありがたさを感じられなくなっていて、そしてやがては悲惨な働き手となるであろう自分の未来を恐れている。

消費者としては異常なほど優遇されて、働き手としてはとてつもなく過酷で冷遇される。

それがグローバル化した今の日本のいびつな姿だと思う。

「お前がそんな早く仕事したら、周りのみんなも早く仕事しないとダメになるじゃないか!」

カナダ人のバランス感覚は正しい。

どんな仕事にもそれを楽しいと思えるような、ちょうど良いスピードと分量というのがあるものだ。

そして働き手にだって、その楽しさを守る権利くらいあって良いではないか。カナダ人にはそういう当然の感覚があったのだ。

でもまあ、現実問題としてはグローバル化した世界全体の競争を止めるのは無理だろう。カナダ人だってあれから10年経って、前のようにはいられなくなっているはずだ。

だから過当競争、価格競争、高速化で自分の首を締めていく大きな円環の中から上手に抜けだして距離を取り、違うパラダイムで生きる方法を提示できないかと模索しているのだけど。

それがなかなかね。

最近、そんな世界の可能性ばかり考えています。

相容れない2つを同居させよ

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久しぶりにエルヴィス・コステロを聴いた。やっぱり良い声だなと思う。

ワイルドさと少年のようなナイーブさが同居している。

思えばブラッド・ピットにしろ、ジョニー・デップにしろ、男の持つセクシーさとは、ワイルドさ(野生)とナイーブさの同居にあるのではないだろうか。

いや、なにもセクシーさに限ったことではない。

自分の中に相容れない2つの徳を同居させること。つまり自分の内側に矛盾を内包させること。

それを人は「魅力」と呼んだのではないか。

古くはストア派の哲学者達もまた、対極にある2つの徳を同居させた状態を『アナコルキア』と呼び称賛した。

大胆にして繊細で

厳しいが優しくもあり

自信に満ちているが謙虚で

クールに見えて温かく

高尚でありながら野蛮さもある。

もしそんな人が存在すれば、きっと僕らはその人の虜になることだろう。

1つの極みを体現するその人を見て、その人を理解したと思った途端にするりとすり抜けて、もう1つの極みへと移行して姿を変えていく。その内面のダイナミックな運動こそが『魅力』というもの。

事実、「魅」という漢字は「もののけ」や「 迷わす」というような意味を持っている。つまり掴みどころの無い怪しさというようなニュアンスを示しているわけだ。

もしかすると、僕らが取り入れなくてはいけないのは、今手を伸ばして求めているそれではなく、その対極にある何かなのかもしれない。

豊かさを求めているなら、同様に清貧を求めてみてはいかがだろうか。

ポジティブを求めているなら、同様に陰影を求める。

人との友愛を求めるならば、同様に孤独を求める。

良薬口に苦し。もしかしたらそれは想像だにしなかった薬効をあなたの精神にもたらすのかもしれない。

『ベルセルク』とあちら側の世界

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正月休みに漫画『ベルセルク』を読もうと、全36巻をまとめ買いしていたのだが、読み終えてショック。

この漫画、まだ完結してなかった…。というより完結する気配すらない…。

調べてみると、もう20年も連載しているのに、作者自身も自分が生きている間に描き終えられるかどうか分からないと言っているらしい。

漫画家という存在が面白いなと感じるのは、イメージ世界、つまり心象の世界に深く没入して行くことで、当初、作者自身が想定していたのとは違った世界に移行し、思ってもみないストーリーを進めてしまうような変容が起こることだ。

作者が描いているというより、あちらの世界から描かされているような、そんな風にさえ感じる。

そういう次元に移行した漫画家は筆致が変わり、絵の技術が急激に高まったように感じたり、物語になんとも言えない深みや凄みが出てくる。

例えば有名どころでは『幽遊白書』の冨樫義博氏は描いて行く中であっちの世界にブレークスルーして、最初と最後では明らかに違うレベルの漫画家になっている。

これを昔の人達は「神意が宿る」と言った。

最初な人間の知識と経験のレベルでやっていた仕事が、神意が宿った瞬間に技術が格段に高まり、表せる世界も深遠で芸術性を備えたものになる。

幽遊白書が面白かったのは、あちらの世界の深淵で豊穣なイメージ世界を垣間見せたと同時に、そのイメージを筆で表すことの身を削るような困難さも同時に表していたからだ。

冨樫氏は今でも遅筆で、通常ではありえないくらいに休載が多いが、描く世界の緊張感は比類なきものだ。

あっちの世界に行った人の筆はやはり凄い。

『ベルセルク』も途中からその凄みが出てきた。

最初は作者の創造のものだったのが、ある時、あちらの世界のものに変わった。おそらくどうしてこのようにストーリーが展開していくのか、作者自身もわからないような部分があっただろう。

そしてそれがストーリーを進めていくと、どこかで整合して全体像が見えて、それに作者自身が驚いたりする。

そういったあちら側に属した作品。人間の思考と計算の作りものというレベルを超えてしまった作品に僕は触れたいと思う。

それだけ作り手が払う代償も大きいのだけど。

以下は『ベルセルク』の作者のここ20年のあとがきの歴史。

これがなかなか凄まじい。

***以下引用***

40℃の高熱でダウン。考えてみれば今年はまだ2日しか休んでない。(1993年・12号)

7月で27歳、ふり返ればマンガだらけの27年、これでいいのか?(1993年・14号)

な~~んもせんのに5キロやせた。なぜだろう???(1993年・21号)

この2か月で平均睡眠時間が4時間を切った。これでもうすぐ里中さん。(1993年・23号)

毎年の事だけどクリスマスも正月もお仕事。たまにはおせちが食べたい。(1994年・3号)

引越し以来、平均睡眠時間が4時間を下回る。ガ、ガンムになる。(1994年・16号)

ひと月半ぶりに休みがとれて外出したら熱射病にやられた!!(1995年・17号)

7月で30。振りかえれば金太郎飴の様にマンガばかり描いてたな。(1996年・12号)

マンガ家人生初めての大連休は沖縄へ。4日中2日半を熱射病で倒れてました。(1998年・19号)

ふと思う。死ぬまでに今のアタマの中にあるものすべて出せるのか?(1999年・12号)

マンガ家暦13年、初めての一週間強のお休み。久米島にダイビングの免許をとりにいく。友達は忙しいし、彼女もいないので一人で行く。(2001年・10号)

長い間、人に会わないと口がうまくまわらなくなる。(2002年・7号)

2年間着信ゼロ。携帯解約しよ。まずしい人間関係が私を机に向かわせる原動力。(2002年・21号)

今年もマンガが描ける世の中が続きますように。(2003年・2号)

ひとりの時は忙しいし、メンドっちいので、三食シリアル。(2003年・19号)

ダンボールに囲まれて暮らしています。(2004年・13号)

30代もあとわずか。マンガ以外何もないイビツな人生だが、もうとりかえしがつかないのでこのままGO!(2006年・2号)

休載の間もずっと兵隊を描いてました。(2007年・3号)

***引用終わり***

『ベルセルク』という作品によって人生が侵食されていってる様子が窺える。

この感じ、とても良く分かる。

大変だなと思う一方で僕らは、このような偉大な仕事によって、自分の生命を使い果たされてしまうことにどこか憧憬に似た感情を持っている。

自分が生きている間に真に偉大なる仕事に出会って、それによって自分の生命を使い果たされたい。

そのようなレベルで成された作品はやっぱり見ていて違うものだ。人智を超えて神々しいとさえ言える。

工業製品でいうとジョブズの作ったMacやiPhoneにはそれがある。

僕にとってスピリチュアルに生きるというのはこういうことだ。

前世がどうとかオーラが何色とか守護霊が見えるとかそういう話ではなく、スピリチュリティーとは偉大な仕事の中に宿るものだ。

偉大なる創造の意図に、自分の生を捧げた時に出てくる感覚。

全体の一部となることの至福。

漫画でも映画でも文学でも商品でもいい。僕は偉大な仕事に触れたい。そして偉大な仕事によって使い果たされたい。

記憶の上を走り回る子供達

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田舎に帰省して、子供達と外で遊んだり、大人も子供も入り交じってwiiをしたり、いつも通りの平和なお正月を迎えている。

都会育ちの子供達には、狭く入り組んだ田舎の路地は珍しいらしく、冒険するみたいに嬉々として走りまわっている。

お気に入りの場所を見つけては、それを自分たちの秘密基地にして、隠しごとをすることが楽しいのだろう。

彼女達の遊びを遠目に見守りながら、自分もかつてはそのように冒険と秘密に満ちたものとしてこの路地を見ていたことを思い出し、懐かしい気持ちになった。

田舎の路地で遊ぶというのは、綺麗に区画整理された住宅街で遊ぶのとも、遊戯目的に作られた公園で遊ぶのとも、また違った種類の想像力を使うものだ。

子供の頃の僕もただただそれが刺激的だった。

今日は子供達と路地を散歩しながら1つの空き地を目指した。

そこは僕が小学校4年生の時に、半年の間だけ住んだ借家があった場所だ。

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今はもう取り壊されて空き地になっているが、古びた平屋が確かにそこにあった。

僕ら家族は新しい家が建つまでの半年間、そこで暮らしたのだった。酷く狭いお風呂にすし詰めになりながら、外と変わらない寒さのトイレに凍えそうになりながら。

この時期の記憶は今でも特別なものとして深く残っている。

テレビでは『笑っていいとも』が始まった時期で、僕はそれを見ながらこたつの中で昼寝してしまい、起きた後に後悔するというパターンを冬休みの間中、毎日のように繰り返していた。

昼寝から覚めると薄暗い部屋に一人で、時間の感覚も無く、世界から切り離されてしまったようななんとも言えない不安と虚しさを覚えたものだった。

今日は子供達とその空き地を歩きながら、この辺りにこたつがあって、ここで寝ていたのだ、この辺り一人虚しく落ち込んでいたのだと、丁寧に当時のことを思い返そうとしてみた。

ここにあったはずの薄暗い部屋を思って記憶に意識を合わせると、当時の陰鬱な感覚が一緒になってありありと呼び覚まされてくる。

でも、もうそこに家は無く、今は名前の知らない雑草が元気よく伸びている。

私は心理療法家だから、仕事の技術を使えばこういった陰鬱な過去の記憶も、前向きなものに書き換えることができる。それは比較的簡単なことだ。

でも、今は無き借家の記憶とともにあの憂鬱がそのまま心の底にオリのように残っていることも、それはそれで良いのではないかと、そんな気もした。

そして、そんな僕の考えなどお構いなしに、子供達はその空き地の上を無邪気に走り回る。草に触れ土を踏み嬉々として走り回る。

まるで僕の記憶を上書きするみたいに。