月別アーカイブ: 2014年7月

2014年・夏

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人の潜在意識に中には生まれた瞬間から現在までの、それぞれの年齢でそれぞれに体験した「夏」の記憶が保存されているわけだけど、

意図すればそれらのどの記憶にもアクセスすることができ、どのバージョンの夏をも再体験することができる。

子供の頃の虫捕りに熱中した記憶も、麦茶やそうめんの昭和の空気感も、宿題のプレッシャーも、祭りの熱狂も、お盆の線香の匂いも、青年期の甘酸っぱい恋の感覚も、大人の夜の開放感も、そこを通りすぎて行った何人もの親密な人たちとの時間も、

それぞれの年齢で体験した「夏」の感覚が、今ここで体験している夏の暑さと日差しと汗のベタつきを通じて再体験されていく。

それが歳を重ねることの豊かさなのだと最近は思う。

心理学でいう「投影」とは、過去の記憶や感情を映写機の光のようにして現在に写しだす現象を言うが、それはネガティブなものとしてだけではなく、豊かでカラフルなフィルターとしても使うことができる。

今体験しているこの2014年夏という時間の一瞬一瞬に、小学生のキラキラした夏休みの開放感も高校生の冒険に満ちた夏も、大人の色気ある夏をも引き出し、時空を超えて同時に生きるということ。

だからこの夏は僕にとって39年間の厚みと豊かさを帯びた夏なのであり、それはもう爛熟と言って良いような密度ある時間を生きることなのだ。

大げさなようだけどそれは真実で、歳を重ねるほどに日常は色濃く豊かになっていくものだと最近はつくづく実感している。

そして今年もまた新たに誰かと出会い、新しい記憶が刻まれるのだからたまらない。

記憶のモザイクを織り成して、そこを「今」が響き渡っていく。

さあ、夏ですぞ。

狂おしいほどに暑い。

これこそが紛れもない夏ですぞ。

一瞬一瞬がいちいち愛おしい。

人生を通じて流れている何か

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ワールドカップの準決勝で、サッカー王国ブラジルがドイツに1-7の歴史的惨敗を喫した。

ドイツは開催国でありサッカー王国であるブラジルのプライドを完膚なきまでに粉砕した。

私も早朝にその試合を観ながら、このチームに一体何が起こっているのか、にわかに信じ難い思いだった。

たった6分間に4失点もするサッカーの試合を少なくとも私は見たことが無かった。そして破られたのはあのブラジルのゴールなのだから。

試合後、孤高の存在感を漂わせるあのダビド・ルイスが、子供のように泣き崩れる姿を目の当たりにした。

ショックだった。

そして、それから数日後、世界は失意のダビド・ルイスを救った9歳の少女の手紙に驚くこととなる。

ダビド・ルイス自身が写真投稿サイト「インスタグラム」に投稿した、9才のサポーターからの手紙。

その手紙によって彼はW杯の傷心から立ち直ったと、感謝とともに綴った。

その手紙の内容が以下だ。

「ハイ ダビドルイス。

W杯でブラジルの試合を見ました。私はあなたのプレーをたくさん見るのが好き。

あなたは、そんなに悲しむことはないと思うの。なぜならあなたはいいプレーをしたし、ベストを尽くした。あなたは素晴らしいキャプテンだった。

人生とは、こんなもの。時には負けるし、時には勝つ。でも、幸せになる必要があるわ。

ダビドルイス、あなたは私のチャンピオンよ」

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なんという気高い言葉だろうか。

人生は時折、強い力で誰かを叩き落とす。絶望の底までまっしぐらに。

でも、その絶望の深さにもがき苦しむ人間を目の当たりにした誰かの中に、それを救いたいという強い衝動が呼び覚まされる。

慈愛に似た何かが内側から溢れて、行動へと突き動かそうとする。

絶望へと叩き落とす力と同じような強さでそれは、外へ出ようとする。

今回、9歳の少女の奥底を刺激して呼び覚ました気高い力。

そして、その言葉に触れて私達が感じる言葉以上の何か。

殴られたり撫でられたりするのが人生ではあるが、それでも光と影は全体としてちゃんと収支が合うようにできている。その意味で私は人生を信頼している。

私達は痛みの無い世界を夢見るが、心の奥底で本当は、痛んでは癒やされるプロセスの中に表れる生の美しさを体験したいと思っている。

残酷で美しい。

そこに私達がスポーツに惹かれる理由がある。

人生に似ているからだ。

ブラジルvsドイツ戦は素晴らしい試合だった。

才能が詰まると心は

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今日のプレゼン練習会では、やたらと緊張してると言っていた初参加の男性が、驚くほど流暢に笑いを巻き起こしながらお話されていた。

確実に才能がある。

最近思うのは、表現することには恐れがつきまとうけど、

才能があるにも関わらずそれを表現する場が無いというのは、それはそれで深く重たい苦しみになりうるということだ。

表現の場があると人は救われる。楽になれる。

逆に才能が詰まると心は重くなり、やがては尖りだし、他者を批判したくなるもののようだ。

だから、心のパイプが詰まらないように定期的に掃除して、通りを良くしておくことがご機嫌に生きるためのコツなのですね。

僕自身もとても救われています。

今日も心がほぐれました。参加された皆様ありがとうございました。