月別アーカイブ: 2016年3月

故郷探索-3月28日

3月の桜咲く前のこの時期に、自然に触れて英気を養うべく、実家がある兵庫県の相生市に一人で帰省した。

一人で実家に帰るようになって気づいたのだけど、電車で2時間程度で行ける田舎町に実家があっていつでも好きなときに帰れるというのは、ちょっとした別荘を持つよりも豊かなことなのかもしれない。

この町で過ごした18年よりも大阪で暮らした時間のほうが長くなったけど、やっぱり故郷は特別で、子供の頃の記憶が張り付いた町並みを歩くのは独特の旅情を呼び覚ます。

住む人がいなくなった家に誰も遊ばなくなった公園の滑り台と、そこに流れたであろう時間。

FullSizeRender (23)

本当に旅したいのは距離ではなく時間と、そこに注がれたであろう意識なのだ。

この景色など僕が子供だった30年前からほとんど変わっていない。

IMG_3082

込み入った路地を探索して、そこに暮らす人の生活の息遣いを感じるのが好きだ。

そしてちょっと歩くと、なんという絵になる景色だろう。ゴッホの絵みたいに生命力に溢れている。

FullSizeRender (24)

山に囲まれていて、周囲からホトトギスやキツツキの声がする。

生命の息吹を感じていると、ここの主役は人間ではなく、それを囲む山や自然なのだということがよく分かる。

IMG_3086

たんぽぽ見つけた。春だなぁ。

IMG_3089

ここまで歩いても誰一人として会わない。人がまったくいない。

FullSizeRender (25)

無防備に窓も玄関も開けっ放しで、そこから春の高校野球の実況の声が聞こえてくる。

FullSizeRender (26)

昔友達が住んでいた家も今では取り壊されて、あぁ…こんなに狭かったんだ…と、このスペースで繰り広げられたであろう数十年分の家族の営みと、僕がお邪魔して体験したスーパーマリオブラザーズの日々を思う。

IMG_3098

裏山。本当に誰もいない。誰も会わない。

自然の生命力と鳥のさえずりと土の匂い。空気が濃密で陽気が心地よい。

FullSizeRender (27)

キラキラして美しい。しばしぼけーっと眺めている。

FullSizeRender (28)

いぬのふぐり。じっくりと見つめていると凄い勢いで何かが充電されていく。普段こういう解像度で物を見ることって無いから。

IMG_3106

桜はもう少し待とう。

IMG_3111

咲いてる咲いてる。

FullSizeRender (29)

ミツバチ発見。

IMG_3114

ザリガニとカエルがいそうでワクワクする。こういうの大好物。

FullSizeRender (30)

途中雨が降って、雨上がりに光る路地。未だ誰一人として会わず、一人歩きながら外的にも内的にも心を広げて遊ばせる贅沢。

FullSizeRender (33)

そして花。

誰もおらずとも咲く。

FullSizeRender (32)

見えないものに色を塗る

IMG_3002

毎回3月のこの時期になると、カウンセリングに訪れるクライントさんと、

「今日は暖かいですね~。」とか、

「昨日は暖かかったのに今日は寒いですね。」とか、

「三寒四温ですね。」とか、

「奈良では東大寺のお水取りが終われば(3月14日)暖かくなるって言われてるんですよ。」とか。

「そういえば毎回確定申告をギリギリ(3月15日)に提出してるけど、その帰り道に本格的な春到来を実感してますね。」とか、

毎回毎回、そんな話をしています。

春って愛されていますね。

毎年同じ、この時期の微妙な季節の移り変わりの感覚を話題にしては、春の訪れを待つわけですが、

こうして40年も生きていると、春夏秋冬の季節の変わり目も40回体験しているわけで、

そうなってくるともう分かってくるんですよね。

ああ、これね。これ知ってますよって。

この感じでしょ。3月15日的な空気感。

隅々まで青空が広がっていて、車で移動すると車内の熱気に軽く汗ばんで窓を開けたくなるけど開けると黄砂と花粉が入ってくるやつね。

で、助手席に脱ぎ捨ててあるジャンバーが大げさな鎧みたいでちょっと滑稽に見えるんですよね。そうそう。知ってますよって。

40回も体験するとそれに愛着すら感じられるものです。

今年も来たか…って思うんです。

そして、またそれが過ぎると、

はいはい。3月24日的なあれね。もう桜さくかなー的な浮かれる感じね。

大地や草木から蠢くような生命力を感じつつ、卒業式の帰りの袴着た女子大生を街で見て「ウォッ!」って心の中で変な声出すやつね。あぁ。知ってる知ってるって。

それぞれの感覚が愛おしくて、

ほんの数日ごとに微妙に移り変わっていく景色や匂いや空気感を捉えて味わって愛でるわけですが、

そうしていると、『春夏秋冬』の4つだけでは名前が足りなくなってきて、

それに不満を感じるようになるんですね。

そこで「四季」ではなく「二十四節季(にじゅうしせっき)」の出番です。

暦が24に細かく別れる。

「春」という一つの季節も「立春」「雨水」「啓蟄」「春分」「清明」「穀雨」の6つに別れる。

それなら今の季節にしっくりと名前をあてがって心に保存することができる。

季節が豊かになる。

そして、もっと歳を取って60歳くらいになったら、「七十二候(しちじゅうにこう)」ですかね。

60回も季節の移り変わりを生きると72に分けても感じ取れるかもしれません。

「あぁ、この感じ、雀始巣(すずめはじめてすくう)やなぁ」とか。

「あぁ。これこれこの皮膚感覚。蚕起食桑(かいこおきてくわをはむ)やなぁ」とか…、

言わないか(笑)

でも、そうやって季節の中に今まで感じられなかった違いが感じられるようになり、

見えなかったものが見えるようになり、それぞれに名前があてがわれていく。

日々の彩りが歳を重ねるごとに豊かになり、その日その日に名前を与え、惜しむように愛でる感じ。

いいですねえ。

若いころには見えなかったものを見て、感じられなかったものを感じる。

歳を取るというのも意外に良いものかもしれません。

FullSizeRender (24)

最近はこの本をトイレに置いてて時折ページを開いて、その時の感覚と旬を絵と文字で確かめています。

そうすることで、二十四節季や七十二候という区分が自分の中にできていきます。

すると今度は、その区分を持つことによって外の世界の見え方が変わっていくんですね。

そうやって自分の心象世界を豊かにバージョンアップしています。

FullSizeRender (23)

ちなみに今は二十四節季では「春分」  

七十二候では「雀はじめて巣くう」だそうです。

儚げ

Made with Repix (http://repix.it)

東京にて。

新たなるオモシロ空間を求めてカプセルホテルに向かって歩いていると、

新宿駅前で一人でギターを持って弾き語りをしている女の子がいた。

見てみるとギターが僕の持ってるのと同じモデルで、おおって!って思って立ち止まったらちょうど曲が終わって、

勢いで盛大に拍手しながら「うんうん」って頷きながら受け止めたら、女の子の不安そうだった表情がぱぁーっと晴れてとっても嬉しそうな顔をするもんだからこっちも嬉しくなって。

MCをまた「うんうん」頷きながら、娘を見守るお父さんみたいな気持ちで聞いてたら、女の子はその曲を作った不登校時代の愛媛での過去について語りながらついには泣き出してしまって。

そうか。そんな辛いことあって今があるんやな。泣きなはれ…。おっちゃん受け止めたるから、おもいっきり泣きなはれ…。

って気持ちになって(笑)

また「うんうん」受け止めてたら歌いながらも時おり涙で詰まって、なんだかとても伝わってくるものがあった。

25歳の女の子が一度愛媛に引っ込んだけどまた東京に出て来て、孤独なんだけど頑張ってますって話してて、そういう内容の歌を真っ直ぐに歌ってる。

いやもうお金あげる。おっちゃんお金あげるから温かいもの食べなはれって。

恐縮する女の子とガッシリ握手して、僕も兵庫の出身でいろいろあって今ここにいるんだよ。お互い頑張ろうなって言ったら、通じ合うものがあってなんだかこっちも泣きそうになりつつバイバイして、またカプセルホテルに向かった。

東京に来るようになっていろいろ思うところはあるけれど、でもやっぱりこういう所が面白いな東京は。

本気で夢を追ってる人がいる。

危なっかしいくらいに真っ直ぐで、そこに照れが無い。

脆くて儚げで綺麗だなって思ったわ、おっちゃん。