月別アーカイブ: 2016年5月

隣の芝は青い

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昨日の夜中の2時。

憂鬱映画を見るにうってつけな気分になって(笑)テレビのブラウザ上でAmazonプライムビデオのコンテンツを物色していたら、

『さよなら渓谷』という日本映画が、今の自分にぴったりな気がして、

実際に観てみたら自分の好みドンピシャ。

男女のどうしようもない業の深さと不可解さ…という大好物のテーマで、大満足で眠りについたわけだけど、

それにしても思うのです。

DVDを所有するわけでもレンタルするわけでもなく、家にいながらにして数千のタイトルの中から今の自分の気分にピッタリの映画を選んで、即再生することができる、このAmazonのサービス。

それがプライム会員は無料(つまり月額にすると325円)って、本当にそれで良いのだろうか。

更に最近お気に入りのAmazonMusicというサービス。

こちらも同じくプライム会員は無料で100万曲超の楽曲を再生し放題。

気分に応じたジャンルを選択すると自動的に楽曲が再生され、好みでなかったらスキップすると新しい曲に変わる。

良いと感じた曲はいいねボタンを押すと、その人の好みを学習して再生リストが最適化されていく。

気に入ったタイトルをストックして後で再生することもできる。

(ちなみに今、ボサノバのジャンルで再生していたら、聞き覚えのある日本人ヴォーカルで、誰?と思ってジャケットを見たら初音ミクだった(笑))

Amazon恐ろしいですね。

TSUTAYAやGEOのビジネスモデルを無効にしてしまう力がある。

そういえば先日TSUTAYAに行くと、CD旧作レンタルを10枚1000円のサービスをやっていて、安すぎるやろ!と驚いたのだけど、

店員に聞いてみると、一時的なキャンペーンではなくこれからもずっとこの値段で行くと言う。

TSUTAYAは映画などのDVDの旧作もいつのまにか100円になっているし、GEOは50円だったり。

ここまで来ると、本当にソフトを販売するようなビジネスモデルは終わったのだなと思う。

映画や音楽は人類共有のリソースとなり、月々数100円で一生かけても消費しきれない量の作品にアクセスできる。

えらい時代になりました。

所有するということが、どんどん滑稽な行為のようになっていくのだろうか。

もはや自分のハードディスクにすら所有する必要が無くなってしまった。

そして今、これを書いている部屋の窓から見える景色、僕の心を癒やしてくれる木々の緑も僕の庭のものではなく、他所の家の庭の木々なのだから(笑)

『隣の芝は青い』ということわざの持つ意味はとても20世紀的なもので、

21世紀を生きる僕らは、自分の庭など持たずとも隣の芝の青さを堪能できることを隣人に感謝しつつ、

全ての庭仕事から開放された心の自由を楽しむ、というのが正しい在り方なのかもしれない。

自分で所有するという古い観念からするりと脱皮してみれば、僕らは既にとてつもなく豊かなのだということに気付く。

 

マクド的異文化交流

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また先日のマクド(マクドナルドの大阪表現)にて、

出入り口付近でパソコン仕事をしていたら、押しボタン式の自動ドアの外で、外人さん親子がなにやら奮闘している。

何ごとかと思って見たら、押しボタンで自動ドアを開けて外に出たはよいけど、ドアが閉まらなくて困っている様子。

どうやら律儀に自動ドアを締めるためにボタンを押しているようだ(笑)

子供が押しても押しても閉まらない(そら自動ドアやからな)

今度は、どいてみなさい、って感じでお父さんが強めに押しだした(笑)

でもドアは空いたまま(そらそこに立ってると閉まらない)

僕と目が合うと外人さんは困り果てた顔で、お手上げ的なジェスチャー ┐(‘д’)┌

その一瞬で僕の脳内は熱いくらいにフル回転し、これまで英語勉強に注いだ全ての努力の結晶をここに示すが如く勢いで単語をひねり出し、ネイティブさながらの発音でこう言った。

「Automatic!! … …

……や…から、勝手にうぃ~~んって閉まりますYO!」

「wow!(゚∀゚)」

外人親子は目からうろこ的な表情をして帰って行った。

うん。

なんだろう…。

若干敗北感が…(笑)

両手でうぃ~~んて自動ドアが閉まるジェスチャーした所が一番伝わった気がする(笑)

 

 

マクド的優しさ

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やっちまった…。

東京滞在のマクド(マクドナルドの大阪的表現)にて、

セット食べながらスマホいじってたんだけど、コーヒーを置いた所がトレーの縁のところで、

ばしゃーん!って盛大にこぼしてしまった。

周りの人にはかかってない! セーフ!

でもキャリーケースのジッパーのところにこぼれてしまった、やばい!

中のワイシャツが濡れたらシミになる。それは困る! と一瞬で判断して、

慌ててカウンターに行って雑巾を求めたら、

「いえいえ。こちらで拭きますので、大丈夫ですよ(^^)」っておばさん、

ちゃうねん。

「急ぎで拭くものが欲しいんです。これ使っていいですか?」と、カウンターにおいてあった布巾を握って言うと、

「すみません(^^)ダメなんです。」

ダメなのか!!

「すぐに行きますので(^^)」

いやいやいや。まじかー。

とりあえず紙ナフキンを取ったら、2枚で紙切れ!(笑)

うおー!

仕方がない。

その2枚でひとまずジッパーのとこだけ拭いて、中を確認したら中までは滲みてなさそう。セーフ。

そしておばさん。すぐに来て、

「大丈夫ですか~(^^) 後はやりますんで、席移ってくださって大丈夫ですよ。

これも新しいのご用意しますね。」

って、僕のほぼ食べ終えたトレーを持って行こうとする。

「いやいや。大丈夫ですよ。ほとんど食べ終えてますんで」

「いえいえ。新しいのご用意します。大丈夫です(^^)」って満面の笑み!?

「いや。こっちが大丈夫で…。あぁ…」

持っていかれる(笑)

そもそも別にポテトとか濡れてなかったし、ほぼ完食してたんだけど…。

そして、山盛りのポテトとなみなみと注がれたコーヒーが入ったトレーを用意されて、(ハンバーガーはそのまま)

「はい。どうぞ。ごゆっくり(^^)」

「いや。ほんと、すみません。ありがとうございます(^_^;)」

というわけで今、満腹の僕の目の前には山盛りのポテトとコーヒーがある…。

何故かコーヒーのフレッシュに至っては新しいの2個くれている(笑)

なんなんだろう。このマクド的優しさ…。

重い…(笑)

そして新しく座った席の正面には、80過ぎであろうお婆さんがドストエフスキーみたいな苦悩の表情で頭を抱えて塞ぎこんでいる。

なんなんだ。

なんなんだ東京。

優しいのか厳しいのか。

チューニング難しすぎるわ!

 

氷室京介 LAST GIGS 前編 天の采配

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4月23日。氷室京介のラストツアーに行ってきた。

氷室京介と言えば、70年代生まれの僕ら世代にとって最大のカリスマだ。

僕が熱心にBOOWYや氷室京介を聴いていたのは中学・高校時代で、その後は20年以上離れていたのだが、

去年、ツアー中に彼が引退宣言をしたと聞いて、予想外のショックを受けている自分に気づいた。

彼から受け取らないといけないものがあったのに、それを受け取り損ねてしまった…。

まだまだいつでも会いに行けると思っていたのに、

その可能性が突如、消失してしまった…。

それは何かそぐわない。しっくりと来ない感覚を胸の中に残した。

その後、WOWOWで彼の最後のライブに密着したドキュメンタリーを観た。

美意識を研ぎ澄まして作り込んでいく彼の在り方を見て、若かりし頃にあった(そして今は無くした)創作に対する尖った感覚を思い出し、背筋を正される思いがした。

自分は本当にこの人の影響を受けていたんだなと、様々なシーンや表情を見て思うことがあった。

そしてそのツアーのリハーサル中に氷室はステージで転倒して肋骨を折り、

それによって、彼は30年以上のキャリア最後のライブを、肋骨に痛みを抱えた満身創痍の状態で臨むこととなった。

更に不運は続く。

その最後のライブの後半、突如雲行きが怪しくなり、真夏特有のゲリラ豪雨に見舞われ、球場の客席の数万人のオーディエンスが雨ざらしとなった。

荒れ狂うような雷と豪雨は見るからに危険で、結局、オーディエンスに避難を呼びかけ、ライブを1時間近く中断することとなる。

そして、その1時間によって氷室の身体は冷やされて痛み出し、あと一曲が限界だと彼自身が判断を下さざるを得なくなった。

オーディエンスを客席に戻した後、氷室は痛みに顔を歪ませながら「Angel」一曲だけを歌って、自身の30年以上のキャリアを終えることとなった。

「このリベンジをどこかで必ず、約束します」と言い残して。

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後のインタビューで氷室はこの一連の不運について訊かれ、

「30年やった最後の最後がこれかよ!と思いますよ」と本当に悔しそうに語っていた。

彼の目が涙で潤んでいたのが驚きだった。

でも僕はあのタイミングの怪我にも、あの荒れ狂うような豪雨と稲光にも、天の采配を感じずにはいられなかった。

氷室京介の美意識は、自身のキャリアをあのような形で終わらせることを受け入れられないだろう。

あの借りは、より一層に研ぎ澄まされた有終の美学を持ってあがなわれるはずだ。

そして、それによって、僕と同じように彼からの薫陶を受け損ねた何万人の人たちが、

自分の過去に種を植えたカリスマとの特別な再会を果たすことになるだろう。

そして実際にそのようになった。

去年のラストツアーのリベンジとして組まれたのが今回のドームツアー「LAST GiGS」だ。

ツアーのチケットは抽選だったが、この流れと自分の中にあった「そぐわなさ」を感じると受け取れると確信していた。

申し込みをして安心の中で待ち、そして初日京セラドームのライブチケットを手に入れた。

かくして受け取り損ないの僕にも、青年期のカリスマと再会する機運が巡ってきたわけだ。

長くなったので、ライブレポートはまたの機会に。