月別アーカイブ: 2016年6月

気高さに向かわせる力

konan

名探偵コナンが遭遇した殺人事件が600件を超えたそうだ。(なんという高校生だ!)

でも毎週毎週、謎は解かれなければならないし、そのためには誰かが死なないといけない、という大人の事情があるのだろう。

そして登場人物の中でおおよそ最も平凡そうな人間こそが真犯人で、

その犯人だって本当は悪い人ではなく、誰か愛する人の無念を晴らすためにやむなく人を殺めるに至ったのだろう。

面白いもので、僕らはそういった物語、復讐劇に一定のリアリティーを持って受け入れている。

騙されて会社を乗っ取られて自殺した父のための復讐とか。

大学の研究成果を教授に奪われて、失意の中で自殺した恋人のための復讐とか。

フィクションの世界では必ずと言っていいほど出てくる、こういった王道な復讐劇だが、考えてみると現実のニュースではまず聞くことが無い。

あるのは痴情のもつれか、金銭のもつれか、動機なき殺人ばかりだ。

心無い若者の無免許運転によって愛する我が子を轢き殺された父親も、いじめによって子供を失った母親も、憤りの先に復讐に手を染めることはまず無い。

なぜだろうか?

愛する我が子を失ったという現実を、痛みを、どのように解釈して、どのような意味を与えてその不条理を自分の運命として飲み下したのだろうか。

その痛みを受け入れるプロセスで人はどこに連れて行かれるのだろうか?

私は心理療法家として、多くの人のその受け入れのプロセスに立ち会う。

クライアント自身が現実に直面し、苦痛と悲しみにあえぎ、涙を流すのをただ横に寄り添いながら、見守っている。

その瞬間の激しい感情の震えと凝縮されたエネルギー場に立ち現れるのは、非常に神聖で気高い感覚だ。

人生のエッセンスに触れているような確かな手応えのようなもの。

不謹慎ではあるが、心が洗われるようにさえ感じることがある。

そんな場面に一緒に立ち会っていて思うのは、不条理な現実に直面すると、人は自然に偉大さに向かって引き上げられるようにできているということ。

出来事を自分事として直視し、痛みや悲しみを味わい、自分の運命として受け入れる中に、神々しいと言って良いほどの癒やしが立ち現われ、

人間はそこで気高さに向かって引き上げられる。

そうなると、もう事件の前と同じ自分ではいられない。

私的な自分から公的な自分となり、社会に何かを与えることで事件に気高い意味を賦与しようとする。

そこには、フィクションとは全く違う力が働いている。

(どうやら人間にはそんな力があるようだよ、コナンくん。)

どれだけ人が亡くなろうと、どんな凄惨な事件が起ころうと、社会はますますきれいになっていく。

それは間違いないようだ。

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7つの習慣メルマガにてご案内していた、以下の記事のURLが間違っていました。すみません。

こちらに正しいリンクを貼っておきます。

生きられなかった『柔らかい優しさ』の物語

良質な集中力を持続させるための食事の管理

ん? 最近なんかお腹ゆるいな…、下痢? 特に変なもの食べてないのにな…。と思っていたのだけど、気づいた。

最近お気に入りのこの有機シリアル。

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よく見ると、High Fiberと書いている…。

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食物繊維たっぷり?

よく見ると裏面にちゃんと書いてある。

☆一度に大量を食べ過ぎると、一時的にお腹がゆるくなることがありますのでご注意ください。

「お、おう…。」ってなった(笑)

でも、このシリアルが最近の僕のお気に入りで、僕の今のパフォーマンスを支えている秘密なのです。

ちょっと、文体が変わるけど違った角度から書きますね。

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最近の僕の関心事は、いかにして良質な集中力を長く持続させるか?という点。

それは言い換えると、いかに良質な休息を取るか?ということでもある。

そこで行き着いた1つの方法が、休息やエネルギー管理についての著作を持つトニー・シュワルツの提供する方法。

3時間おきにお腹に何かを入れることで、血糖値を保ち続けるという方法だ。

通常の朝昼晩の3食だと、途中で血糖値が下がり疲労してくる。

そこで食事を摂ると今度は血糖値が上昇しすぎて、それを落とすためにインスリンが分泌されて身体に必要以上の負担を強いることになる。

食事によって余計に疲れる。

そして一日3食だと一度の食事量が多くなるために、どうしても胃に負担がかかり、消化中は副交感神経が優位になり(眠くなり)エネルギーが著しく低下することとなる。

だから、大切なのは理想的な間食を取ること。

そこで朝昼晩の1日3食から5食に増やして一回の食事量を減らすような食事スタイルに変えたいなと前々から思っていたし、実際にそれらしいことをやったこともあった。

そうすると確かに意識が明晰で良い感じがする。

でも、続かない。

なぜか?

面倒くさいのだ。

1日5回も食事の準備をすることは非常に面倒くさい。

そこでコンビニのおにぎりやパンなどを利用するのだが、それらは単なる糖質に過ぎず、身体に良いことしているのか悪いことをしているのか良くわからない。

もっと明らかに身体に良くて栄養があって、手軽な間食はないだろうか?と探し求めて、そして辿り着いたのが先に挙げたシリアルだ。

ナッツやシード(種)やドライフルーツなど天然のものだけでできていて、砂糖などを一切加えていないので、普通のシリアルのようなお菓子感が無い。

ドライフルーツのほのかな甘さで天然のもの特有の深い味わいがあって美味しい。

そして嬉しいのが、適度な歯ごたえがあるために仕事の途中に食べるとムシャムシャ噛むことでストレス解消ができて、食べてる感があることだ。(僕は頭を使うと無性に何か固いものを噛みたくなる)

更に、ちゃんと胃に食べ物が入ってきた手応えもあるので空腹が満たされて腹保ちも良い。

また、種やナッツはGI値が低いので、一気に血糖値を急上昇させずにゆっくりと上げてくれる。

これが身体に優しい。

僕の感覚ではこの血糖値の急上昇を抑えることが、集中力の持続のコツであるように感じている。

そして、「今、自分は身体に良い物を食べてるんだな~」という満足感もある(ここ重要(笑))

更には、便秘の方には便秘の解消にも効果がある。

朝と夕方にこれを食べるようにして以来、そして小腹がすいた時に食べるようにして以来、体調もすこぶる良いし、意識も明晰に保てている。

物事をやり抜こうとする粘りのようなものも出てきたように思う。

今も机の横にこの袋が置いてあって、小腹がすいたらムシャムシャ食べている。

その分、おやつを食べることが無くなったのもありがたい。

僕は食後に何か甘いモノを口に入れたくなるのだけど、食後にこのシリアルを1掴み食べると甘いものの欲求も満たしてくれるようだ。

おかげでお菓子類の一切を止めることができた。

僕のクライアントさんには過酷なオフィスワークで疲労困憊している方が多いが、

頭脳労働されている方で夕方以降に頭の働きが悪くなる方や、疲れが抜けなくなってる方は、

このシリアルを机の側に置いて、小腹が空いたら時折ムシャムシャ食べることを強く(本当に強く)お勧めします。

その分、昼食や夕食の量は抑えましょう。

そして水をこまめに飲みましょう。

それだけでかなり長い時間集中力が続くようになり、頭脳も明晰になるのでお勧めします。


エルサンクジャポン 有機シリアルハイファイバー プレミアム 480g

もう1つ違った種類のもあります。

エルサンクジャポン 有機シリアルビオミューズリープレミアム 480g

こちらは食物繊維推しではないです。

アマゾンのレビューを見ると、高倉健さんがテレビで「80歳になっても活躍できる健康の秘訣は?」と聞かれて、「朝のシリアル」と答えたそうで、その時、食卓にあったのがこのシリアルだったとか。

はい。僕らも80歳まで頑張りましょう。

追記:このシリアル。本当に美味しいし、この記事を書いてから、「買った食べました。本当に美味しいですね!」というような声を何人かから頂きました。

ただ、食べていて残りの2割くらいになると、ドライフルーツが無くなって、味気ないものになります。うさぎの餌みたいです(笑)

ですので、新しいものと上手に混ぜて配分を良くするか。

あるいは、甘さのある他のシリアルと混ぜて食べるようにしてくださいね。

最近の僕は、朝、昼、夕、夜中と全部これにして、夕食だけ普通にご飯を食べるようにしました。

そうすると本当に疲れなくて、夜でもまだ気力が漲っています。

仕事の生産性も著しく上がりました。おすすめです。

追記2:おやつをこれに変えてから、かなり痩せました。ダイエット効果にも良いですね。

おやつを食べたくなったらこれを食べる。甘いモノを取りたくなったらこれを食べる。それだけで我慢すること無く痩せます。

あと、うさぎの餌のようになるのを避けるためには、大きなスプーンでナッツとドライフルーツをバランス良くすくうようにすると、最後までうさぎの餌になることなく美味しいです。

氷室京介 LAST GIGS 後編 忠実であるということ

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以前書いた記事『氷室京介 LAST GIGS 前編 天の采配』の続きです。

氷室京介の引退ライブ『LAST GiGS』に行ってきました。

京セラドーム(旧大阪ドーム)に来るのは何年ぶりでしょうか(たぶん学生の頃にエアロスミスのライブに来て以来20年ぶりくらい)

会場に入り、右往左往しながら自分の座席を見つける。周りは同年代の男性が多い。

開演の時間が近づくに従って徐々に期待が高まって、会場のボルテージが上がっていく感覚がたまらない。

氷室京介を求める数万人がドームの中で巨大な集合意識を形成していて、そのエネルギーに自分を同化させると高揚感がふわっと広がる。気持ちが良い。

なるほどなと思う。

ライブとはこういうことなんだな。

ステージのアーティストが豆粒ほどしか見えなくてもそれは大した問題ではなくて、それよりもそこにいるファンたちの集合意識と溶け合わさり一緒に高揚してアーティストのリズムに合わせて大きな1つになっていくような意識の拡張体験。

それがとても独特なんだな。

そんなことを考えつつ会場で待つ。隣の同年代のお兄さんもそわそわしている。

会場のボルテージが徐々に高まり、皆の手拍子が始まる。

そして高まりきったところで、氷室京介登場。

何事も無いかのように普通に歩いて出てきて、

「おら!行くぞ!大阪ぁー!」とシャウトし、数万人がそれに応え、会場が一気に熱狂し、イントロが成り響く。

こうして20年来のカリスマとようやく場を共有することができたわけだ。

大きなモニターに映し出される彼を見ていると、

どの角度から見ても完璧にカッコ良すぎて、笑いが込み上げてくる。(完璧なものを見ると笑いが出ると言ったのは太宰治か)

なんなのだろう。この人は。

衰えどころか、逆に極まっているのではないか。

数万人をまとめ上げて煽っている姿を見ていると、これは人なのか?という気さえしてくる。

20年以上前の、もはや懐メロと言っても良いはずのBOOWY時代の楽曲が、

『ONLY YOU』や『マリオネット』が、普通に今、現在形でかっこ良い。

なんなのだろう、この人は。

完璧にロックの化身のようになった姿を見て、彼が周りの期待に晒されながらも頑なにBOOWYの再結成を拒んだ(というよりも意にも介さなかった)理由が少し分かったような気がした。

ここまで研ぎ澄ますことが彼の仕事の基準であるならば、それは無理だなと感じた。

自分の心に、過去を懐かしみ友情を尊重するような思いに居場所を与えるならば、

それはもはや「人間の仕事」となり、このような神々しい研ぎ澄まされた存在感は纏えないだろう。

彼が忠誠を誓っているのは、そこでは無かった。

氷室京介というイデア(ロックの表す美学のようなもの)に忠実であろうとするならば、自分と同じ過去を過ごした同郷のギタリストと共にステージに立つことは不可能だ。

その途端に人に戻る。

なるほどなぁと思う。

ある種の意識の在り方を選ぶということは、他の何かを選ばないということでもある。

そして明確に意志を持って選択し、忠誠を誓う者は神に愛される。

そんな忠実な人間にイデアは(神の形象と言っても良いし、アーキタイプと言っても良い)は立ち現われる。

彼はずっと忠実だったのだろう。

「引退する」と言うはずが、思わず「氷室京介を卒業する」と言ってしまったことを彼は、「脳が酸欠でおかしなことを言ってしまった」と言い訳していたが、

それは意外に正確な表現なのではないかと思う。

氷室京介という存在がつながっていたイデアに忠誠を誓ってきたが、もう肉体的限界によってそれを維持できなくなったということなのだろう。

それにしても30年だ。

普通はそんな風には生きられない。

10代後半くらいに、彼と同じイデアに魅せられて忠誠を誓う人はたくさんいる。

生涯それ(ロック的なるもの)を生きてやると、決意の固さを自分に示すように身体に消せないタトゥーを刻んだりする。

でも数年もすれば、そこから脱落してタトゥーを隠して(あるいは消して)生きていく。

社会に迎合せねば食えない現実に直面するし、青年期を過ぎるとまた違ったアーキタイプが自分の中から出現する。

なのに彼は50歳過ぎでも、氷室京介という特別際立ったイデアを生き続けている。

普通はこんな風にはいられない。

50を過ぎると皆「この歳だけどロックをやっています」というエクスキューズが見え隠れする。

ステージングが過去の自分のパロディであるかのような自意識が入り込む。

昔の曲は懐メロとなり、その時代を一緒に経験したオーディエンスとの共感と慰労の温かさが入り込む。(それはそれで素敵だが)

でも、氷室京介は30年前の曲ですら現在形で体現し、そこにノスタルジーの入り込む隙が全く与えない。

まったく、お見事としか言いようが無い。

帰り際、胸の辺りが温かくなっていることに気づいた。

それは不思議な感覚だけど、よく知っている感覚だった。

イデアに忠誠を誓い、それを30年以上体現したカリスマの薫陶を確かに受け取った気がした。

バロック

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様々なジャンルの音楽をジュークボックスのように自動再生してくれるAmazonプライムミュージック。

これを聴くようになって、自分でも意外なほどバロック音楽ばかり聞いている。

バッハとか、教会音楽とか、聖歌とかそんな感じのもの。

では何かお気に入りの曲があるかというと、特に無い…(笑)

CDで買いたいくらい惹かれる曲があるかというと、それも無い。

というか1つ1つの曲は、特に良いとも思わない。

人間的な欲望を駆り立てるような曲は1つもない。

でも、聞くと波長がとても良く合うし、気持ちがいい。

だから欲しくはないし良くもないけど、ずっと聞いている。

これは不思議な感覚だ。

そう。それはちょうど大自然のようなもの。

所有しようなんて気持ちは起こさせない。

でも触れていると心の深い所が落ち着くし喜ぶ。

きっと大自然と同じように、人間的ではない神々の領域に属する創造物なのだろうな。

聴いていると普段の人間的な意識の活動から離れることができて、少し心が自由になる。