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才能が詰まると心は

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今日のプレゼン練習会では、やたらと緊張してると言っていた初参加の男性が、驚くほど流暢に笑いを巻き起こしながらお話されていた。

確実に才能がある。

最近思うのは、表現することには恐れがつきまとうけど、

才能があるにも関わらずそれを表現する場が無いというのは、それはそれで深く重たい苦しみになりうるということだ。

表現の場があると人は救われる。楽になれる。

逆に才能が詰まると心は重くなり、やがては尖りだし、他者を批判したくなるもののようだ。

だから、心のパイプが詰まらないように定期的に掃除して、通りを良くしておくことがご機嫌に生きるためのコツなのですね。

僕自身もとても救われています。

今日も心がほぐれました。参加された皆様ありがとうございました。

何者にも成れない

本日も楽しかったプレゼン・スピーチ練習会のビギナーコース。

主催と企画をしている私自身がようやく分かってきたことなのですが、このコースの根底には、自分史の見直しと、セルフイメージの変革という重要なテーマがあるようです。

自分の過去の体験を話すことで、言葉による歴史の再定義が行われ、それを皆に承認してもらうことで私的なものを公的なものへと変えていく。

そのプロセスが「パブリックな自分」という、どこからどう見られても恥ずかしくない新しいセルフイメージを創出してくれる。

このワークショプは、スピーチの練習の場でありながら、集団セラピーのようでもある。不思議な空間です。

今日は、常連の参加者の個性がますますに輝いて、成長を見て取ることがでて非常に嬉しく感じた。

立ち姿勢やボディーランゲージなど、細かいスキルを意識するほどに、結局は本来の自分に忠実になっていくという、人の成長プロセスが見ていて非常に頼もしい。

ユーモアを備えた人は、より面白く。

知的な人は、より冴え渡り。

癒しのエネルギーを備えた人は、より誠実になっていく。

ラジニーシだっただろうか。もう忘れてしまったけど、とある精神的指導者は言っていた。

(どんな言葉だったかも忘れてしまったけど、おおよそ以下のように)

あなたは何かを為したいと思う。 

自分は何者かでありたいと思う。 

人角の人物でありたいと願う。

でも、何者かになろうとする努力は無駄に終わる。 

あなたの努力は報われない。 

そしてあなたは何者にもなれない。 

何者にもなれないのだよ。 

一点、自分自身になることを除いては。

誰かの影響を受けたり、誰かのコピーをすることの繰り返しによって、どうやら人は逆にますます本来の自分自身の姿を明らかにし、立ち返って行くものであるようです。