物語を拒む

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ここ数日エネルギーを注いで書いた文章4本が、バックアップミスで消失した…!

そんな失意の中、心理療法家としての最終奥義『ふて寝』というのを使って、ようやく回復した(笑)

夜中に起きてまたゴソゴソと書き直してる。

もう一度、以前と同じ量の愛情とエネルギーを込めて書いている。

修行やな。まるで人生のようだ。

愛情と真心を注いだものがダメになったとしても、恨まず(ふて寝はするけど)被害者の物語も作らず、またもう一度、より一層の愛情と真心を注ぐ。

粛々と進む。

粛々とは、ただあるがままに出来事を見て、そこに意味や物語を与えないこと。

不幸な出来事にも何かしらポジティブな意味を見出して、ポジティブな物語を織り成して力に変えるのが、失意から抜け出すことの王道だろうけど、

僕の感覚だと、物語を拒むとか、意味を付与せず、出来事を素材のまま止める禅的なやり方の方が、仕事は進む気がする。

まあ、偉そうなこと言ってるけど、自分の不精ゆえにMacのメモリーがいっぱいでバックアップが機能しなかっただけやけど…(笑)

バックアップのシステムを見直すという反省と行動を起こしたら、そこに何の意味も付与せず、粛々と行動していく。それが最善な気がする。

ところで、今回は新しいMacBook Proを買って、到着を待っていたタイミングでこのトラブル。

パソコンとか家電って、新しいのに買い変えるタイミングで必ず古いマシンが「もう私のこと捨てるのね!長い間使うだけ使って…。ひどい!」的なリアクションを取る気がするんだけど、これって僕だけ?

あ。今めっちゃいらん意味を付与したな…(笑)

新しいMacが来ても、このMacも捨てずにオフィスに置いて、今後はクラウドを使ってPCは持ち運ばない感じにしてみよっと。

だから機嫌直してよMacBook Airちゃん(いやだからお前の不精ゆえにやな…)

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