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同窓会にて何かが溶ける

年始のこの時期、20年ぶりとなる高校の同窓会が開催され、参加した。

自分はこの手の企画はしれっとスルーするタイプなのだが、今回は身内が企画者だということでスルーするわけにもいかず流れに従った。

20年ぶり、43歳での同窓会というのはなかなか難しい。

お互いに以前ほどの美しさがあるわけでもなく、20代のように「人生これからですよ!」という曖昧で優しい可能性が残されているわけでもなく、もう厳然と結果が出てしまっている。それはなかなか残酷なものだ。

僕らはロストジェネレーションと呼ばれる不遇の世代の真ん中に属し、

人口が一番多く競争が激化した受験戦争を勝ち抜いてようやく大学を卒業しようとする頃には就職氷河期の真っ只中で、企業からは「いらない」と言われ、

非正規雇用やワーキングプアなどといったキーワードをリアルに体験した最初の世代に当たる。

 

故郷に錦を飾るとは言わないまでも、普通に今の自分にOKを出して旧友と気持ちよく再会できる人は、もしかしたら少数なのかもしれない。

それくらいに、なかなか人数が集まらなかったようだ。

30人くらいだっただろうか。

でも当日。

久しぶりの同級生に会うのはなんとも面白い体験だった。

同じクラスでなんとなく気が合ってお互い目が合ったら「おう!」とか言って腹に軽いフックを入れ合うような間柄だったけど、個人的につながるほどではなかったような友達。

そういう友達に20年ぶりに会うと、「おおお~。」と声が出て、脳にアハ体験みたいな幸せな刺激が走る。

おー。おったおった。お~。懐かしー。で…。名前何やったっけ…?(笑)となる。

なんかもっといかにもなあだ名で呼んでいた気がするけどそれが思い出せずに、

おう。○○君…。ってなったり。

でも、あの笑顔とか優しい空気感とかお互いの受容し合ってる距離感とかそこに巡る穏やかな愛情とか、そういうのは対面した瞬間からあの時と同じように巡りだすんだな。

それがたまらなく愛おしくて嬉しくて、一瞬でハイになった。

自分の中にこんなに喜びが沸き起こるものかと、それが意外でならなかった。

なんかみんなが愛おしくて。生きてるだけでいいじゃないか。俺は嬉しいよと。そんな気持ちになった。

***

一人とても不器用な男がいて。

Mくんっていうんだけど、

スポーツが苦手で、コミュニケーションもそれほど得意ではなくて、ガリ勉なんだけど勉強もそれほどできるわけでもない。でも真面目に頑張るんだよ。いつも分厚い辞書をカバンに入れて、誰よりもカバンが分厚い。

でも不器用だから成績もそこそこ。でも誰よりも真面目に頑張っている。

このM君が報われるような世の中にしないといけない!と、自分の中でいつも理想の社会を考えるときに勝手に基準に使っていた人物なんだけど(ごめんよ!)

彼も顔を出してくれて、ちゃんと仕事を得て新卒からずっと1つの会社で経理を続けていて(やっぱり真面目だ)奥さんにも子供にも恵まれて幸せにやってるみたいで、で、コメントは相変わらず真面目で、嬉しかった。

やったなーMくん。

***

女の子(という年齢ではないが)と話せたのも良かった。微妙に友達だけど卒業してつながるほどではない人って、なんか良いね。

さはらくんはいつも授業を面白くしようとしてて楽しかったわー。って言ってくれて、僕が当時発したボケの詳細を事細かに覚えてくれていた。それがとても嬉しかった。

当時はガヤ芸人のように先生をいじって温かい場を作ることに情熱を燃やしてたんだった。(その経験がプレゼン練習会の場作りにつながっている)

高校の頃の自分の内面は複雑で、一方で授業も聞かずドストエフスキーとかカミュとかを読んでいるようなこじれた暗い側面があったり、

先生に「その宿題に付き合えないから取り下げてくれ」と一人で交渉に行くような反体制(それもだいぶこれじてる)人間だった。

高校の校則がきつくて、それはおかしいと1つ1つ反抗していた暗くて重くて鋭い自我みたいなものを実感していたけど、

改めて今回女の子に話を聞くと、「先生からもなんか愛されてたよね~」と言われ、そういう側面も確かにあったような気がしてきた。

***

一人だけ参加してくれていた先生が挨拶で

「君たちに謝らないといけないことがある」と言い出した。

「当時の○○高校は成果を出すために校則で締め上げることばかりやっていて、本当にこれが正しいのか? もっとのびのびさせた方が良いのではないか? 登校してくる生徒達が羊の群れのようではないかと、私も大いに悩んだ」と。

そして話は今の日本の経済とか年金制度へと続いていくのだけど、そんな話も、当時はピンとこなかっただろうけど今では自分事として入ってくる。

定年退職されて、当時のような威圧感も抜けておじいちゃんになっている。

そんな先生と帰り際に握手して、お会いできて嬉しかったと伝えた。

「先生がもっと生きられるように年金支えるの頑張りますよ」と言うと笑っていた。「君が言ったこともなるほどなーと聞いていたよ」と。

そうやって笑顔で握手を交わした瞬間に自分の中で何かが溶けるのが分かった。

そもそもそんなものがあるとも思っていなかった何かが確かに自分の中で溶けだした。

この感覚を説明するのは難しいけれど、それをきっかけに何かが変わった。

あれ以前と以降のように、薄っすらとだけど自分の中で何かが変わった。

もしかしたら志賀直哉の「和解」のようなことが起こったのかもしれない。

自分の中にまだどこか当時の反抗の意図を残していて、それによって頑張っていたところがあったのかもしれない。

でももうどこにも反抗する相手などおらず、ただ愛おしくて大切な旧友と恩師がいる。

改めて個人的に会うわけでもない大切なあの人たちを胸に、微力ながら社会のために何かをしよう。頑張ろう。そう思えた。

そんな晴れ晴れとした心持ちになれた2019年の1月です。

今年はその自分の心に応える動きをしたいな。

ということで皆様。今年もどうぞよろしくお願いします。

お互い頑張りましょう。

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