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人生を通じて流れている何か

ブラジル1

ワールドカップの準決勝で、サッカー王国ブラジルがドイツに1-7の歴史的惨敗を喫した。

ドイツは開催国でありサッカー王国であるブラジルのプライドを完膚なきまでに粉砕した。

私も早朝にその試合を観ながら、このチームに一体何が起こっているのか、にわかに信じ難い思いだった。

たった6分間に4失点もするサッカーの試合を少なくとも私は見たことが無かった。そして破られたのはあのブラジルのゴールなのだから。

試合後、孤高の存在感を漂わせるあのダビド・ルイスが、子供のように泣き崩れる姿を目の当たりにした。

ショックだった。

そして、それから数日後、世界は失意のダビド・ルイスを救った9歳の少女の手紙に驚くこととなる。

ダビド・ルイス自身が写真投稿サイト「インスタグラム」に投稿した、9才のサポーターからの手紙。

その手紙によって彼はW杯の傷心から立ち直ったと、感謝とともに綴った。

その手紙の内容が以下だ。

「ハイ ダビドルイス。

W杯でブラジルの試合を見ました。私はあなたのプレーをたくさん見るのが好き。

あなたは、そんなに悲しむことはないと思うの。なぜならあなたはいいプレーをしたし、ベストを尽くした。あなたは素晴らしいキャプテンだった。

人生とは、こんなもの。時には負けるし、時には勝つ。でも、幸せになる必要があるわ。

ダビドルイス、あなたは私のチャンピオンよ」

ブラジル2

なんという気高い言葉だろうか。

人生は時折、強い力で誰かを叩き落とす。絶望の底までまっしぐらに。

でも、その絶望の深さにもがき苦しむ人間を目の当たりにした誰かの中に、それを救いたいという強い衝動が呼び覚まされる。

慈愛に似た何かが内側から溢れて、行動へと突き動かそうとする。

絶望へと叩き落とす力と同じような強さでそれは、外へ出ようとする。

今回、9歳の少女の奥底を刺激して呼び覚ました気高い力。

そして、その言葉に触れて私達が感じる言葉以上の何か。

殴られたり撫でられたりするのが人生ではあるが、それでも光と影は全体としてちゃんと収支が合うようにできている。その意味で私は人生を信頼している。

私達は痛みの無い世界を夢見るが、心の奥底で本当は、痛んでは癒やされるプロセスの中に表れる生の美しさを体験したいと思っている。

残酷で美しい。

そこに私達がスポーツに惹かれる理由がある。

人生に似ているからだ。

ブラジルvsドイツ戦は素晴らしい試合だった。

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