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意識の旅

束の間の盆休み。

田舎での3日間。

仕事に忙殺され、気力を使い果たした心身に短時間で英気を養うには、精神が望む方向に的確にマインドをトリップさせないと…と、

そのために飛んで行くべき心象世界をできるだけ明確にイメージして、そのために必要な行動やアイテムを選定する。

1つは、ソローのこの本。

 

 

人里を離れ、森の中の湖のほとりで暮らした哲人の思考。

ソローの意識に共鳴すると、良い感じで俗世を離れて自然の中に飛んで行けるので助かる。

 

夏真っ盛りのこの時期のリアルな自然は蒸し暑いし蚊がいるし、いろいろと大変だけど、

エアコンの効いた部屋で自然を横目に読む「森の生活」は、ストレスゼロで意識を大自然の中へと連れて行ってくれる。

意識を的確に望むところにトリップさせること。

そう。

 

僕が田舎に帰ることで期待しているのは、都会では絶対に得られないある種のフィーリングを得ることだ。

そして、今回の帰省でそれが一番成されたと感じたのは、

実家周辺の路地を1人で深夜徘徊することによってだった。

深夜1時。

何も目指さずに、何者にも成ろうとせずに、ただ日々暮らしを営む人達だけが住むこの路地の夜の静けさは独特だ。

 

自分の中に最近足りてなかった何かがたっぷりと満たされていく。

上を見上げると山の稜線と、その上には星空が広がっている。

 

深夜1時の廃墟。

時間が流れることなく堆積していってるような、この感覚がたまらない。

 

しばらく歩くと意識は勝手にスイッチして、普段とは全く違う精神状態になる。

移動距離は問題ではない。

フィーリングを研ぎ澄ませば、時間と意識だけを使って普段では絶対に行けない世界を旅することができる。

 

癒される…。

浮かんできた言葉をスマホにメモする。

『夜を恐れることなく、背景に押しやることもなく、

夜の美質を引き出して一緒に遊べる人間は魅力的だ。』

誰がということではなく、きっとそうなのだろう。

恐れることなく変な人で行きましょう。

どこまでも歩いていけそうな気がした。

 

靖國の心

8月のこの時期、

東京滞在の最終日に靖国神社に参拝してきました。

強い日差しに蝉の鳴き声。

鳥居をくぐると青々と茂る桜の木の葉。

終戦記念日の近いこの時期になると毎年私たちの心は、昭和のあの頃に引き戻されます。

私にとっては実際に生きて経験したわけではないにも関わらず、懐かしいあの時代です。

 

自分で経験せずとも日本の先人たちが、祖父母たちが、強烈な思いを刻んだ特別な時代でした。

その時、民族として私達の祖先がどんな思いを生きたのか、何を見たのか、その精神史を紐解いて自分の歴史につなぐという作業を数年前から続けています。

その一環として、ここ靖國神社にはできる限り足を運ぶようにしています。

 

戦死者を英霊として祀るこの神社に参拝することは、思想的にも感情的にも政治的にもいろいろと複雑なものがあるものです。

私もなんとなくそんなイメージに引っ張られて、40歳手前になるまで参拝することなく避けてきました。

でも、ある時ふと思い立って靖國の鳥居をくぐってその先の氣に触れた時に何が起こったか。その時の衝撃を未だに覚えています。

 

涙が溢れて溢れて止まらなかったのです。

未だ神社の氣に触れて涙を流したのは、ここ靖國神社のみです。

 

思想や感情など抜きにして、ただ鳥居をくぐり拝殿に立ってその氣に触れてみると、

ここで祀られているものが何なのか。

それがどれほど尊いものなのか。

頭ではなく肌で感じ取れます。

 

大切な何かのために自分を明け渡す意識。

 

英雄の氣質。

 

それがここに祀られている氣です。

 

それは個人主義のこの時代には長らく忘れられていたにも関わらず、確実に私達の中にもある懐かしく誇らしい感覚です。

 

人間というものが大義のためにどこまで私心を排することができるのか。

どれほどまでに心を澄みきらせ志に整えられるのか。

私達の先人が示したその清廉潔白な在り方を、

人間の可能性を、

ここの氣は教えてくれています。

 

それに触れてしまうと、私達の心は喜びに震えます。

 

神社の中には戦死者の遺書が毎月掲示されています。

今月は次のようなものでした。

24歳の青年が実際に残した遺書です。

目を通して、その心の有り様に触れてみてください。

肚(ハラ)に迷いのない青年の澄み切った心と、どっしりとした中心軸が伝わって来ますね。

 

戦争が起こったあの時代ほど日本人の祖国を思う心が、家族を思う心が尊く輝いた時代はありませんでした。

戦争を美化するつもりはありませんが、戦争を反省するのと同じくらいにはこの先人の残した偉大さと人間の可能性を受け取りたいと私は思います。

 

祖国が失われることを恐れ、祖国の存続を夢見て命を差し出した先人達の希望の中を生きているのが今の自分であるということを、知っておきたいと思います。

 

靖國で祈り手を合せて、そこに祀られた氣に触れると私達の心は共鳴し、先人の示した心の在り方を受け取ることができます。

それと同じものが私たちの中にもあることを思い出させてくれます。

私は靖国神社に参る度に、私心無く志に意図を結ぶような在り方に自分を調整してもらっています。

それができる貴重な場所。先人の薫陶を受けられる場所。

それがここ。靖國神社です。

 

実際にここを訪れたら、拝殿に立って手を合わせて次のように祈ってみて下さい。

祖国のために命を捧げた人達の大義に心を合わせて、

 

『あなたたちが命をかけて守ったこの大地を私は生きています。

 

あなたたちが命をかけて守ったこの国は今も存続し、栄え続けています。

 

あなたたちの誇りが、潔い心が、私の中にもあります。

 

私は日本人です。

 

あなたたちが命をかけて守ったもの。

 

未来へと残した希望。

 

それがこの私の命です。

 

ありがとうございます。ありがとうございます。

 

私は今、自分の命の重さを知ります。

 

そしてこの命を良きことに使っていきます。

 

この国が、この世界が、大切な人達の心が、

 

安らけく平らけく続きますように。

 

そう祈る時、自分の心の奥底に何が起こるのか、

是非ご自分の肌と境地で体験してみてくださいね。

三田ホテル滞在記

クライアントの彼氏さんが仕事に集中するのに使っていると聞いて興味を持った、三田ホテル。

ここ最近は家での書き仕事が集中しにくくなっていたので、先日試しにそのホテルで缶詰というのをやってみると素晴らしく仕事が捗って、

その日の内に二回目の滞在を予約をしたのでした。

 

今日はその2回目の滞在。

兵庫県の三田市。その中でも最近新しく開発された『ウッディタウン中央』という駅にそれはある。

駅の改札を出ると、人工的な景観が見えてくる。

 

 

ウッディタウンというだけあって、木々の緑と人の暮らしの心地よい調和という感じ。

 

 

駅とつながる形で三田ホテルが現れる。ほとんど歩かなくて済むのも機能的でありがたい。

 

 

シングルルームはこんな感じ。

デスクの上のテレビを退かせると、仕事に十分な広さを確保できる。

 

窓からの景色はこんな感じ。

海でも山でもないけど、視界が広くて気持ちが良い。

大きな池と新興住宅地が見える。

 

部屋のクリアリングを済ませて早速仕事に取り掛かる。

執筆の仕事に集中してくたくたになるまで気力を使い果たしてからご褒美のマッサージを呼ぶ、というのが自分の中のお気に入りのプラン。 

 

が、しかし、メールの返信を終えたところでお腹が空いてくる。

 

でも大丈夫。

このホテル、向かい側はショッピングモールでなんでも手に入る。

スーパーはもちろん、ホームセンターからファーストフード、古本屋、学習塾、雑貨屋から映画館まで。

この場所だけで生活が完結するように設計されてあるようだ。

 

和食屋で蕎麦と寿司のセットを食し、水とチョコレートを買って部屋に戻って再度執筆に取り掛かる。

が、今度は無性に眠い…。

調子に乗って食べすぎたか

 

ここで寝てしまったら、単にホテルに来てメール返信して寝ましたっていう訳の分からない1日になってしまう(笑)

それだけはなんとしても避けねば。

 

省エネを図るためにMacの音声入力機能を使って口述筆記を試してみたが、出だしの1行で心が折れる。

 

誰がサラダやねん…!

 

このまま集中は難しそうなので20分だけ仮眠を取ると、頭スッキリで復活。

 

結局、集中して文章を2本書いて、23時40分にマッサージに来てもらった。

前回と同じマッサージ師で、「ここ凝ってるなー。」とか言うくせに、おっちゃん、めっちゃ猫背やん!っていうね(笑)

で、痛すぎてあひゃあひゃ笑って、その笑いも含めてものすごくスッキリする。

ほんま女性やったら首もげてるで。

 

マッサージ効果なのか、翌朝はスッキリと目が覚めて近所を散歩。

 

平日の朝ということもあって、とにかく人がいない。

時おり犬を散歩させている住民と「おはようございます」と挨拶を交わせるのが気持ちがよい。

 

何かがいそうな水辺。

カエルが時々ぴょんぴょん跳ねるのと、魚が泳いでいるのが見える。

ブルーギルのようだ。

ここでも外来魚か。

なんだかなぁ。また名前がブルーギルって可愛げ無いよなー。

 

そして池を横断するための面白そうな石があったので、歩いてみると住宅街が見えてくる。

こんな石を渡るのは、近所の小学生と42歳の僕くらいですよ。

 

気持ちのよい場所。

ほんと、人がいないのに場所のリソースは有り余るほど豊か。

 

その上は住宅地。新しくてまだ建設中の家もちらほら。

全てが新しいというのはやっぱり気持ちが良いな。

 

こういう住宅地は人の無意識の部分が残っていないので昔は苦手だった。

影が居つく場所がないではないか、と。

けれど、今は普通に気持ちが良いと思える。自分も変わったんだな。

 

何より、時々すれ違う住人に喜びと誇りのようなものを感じられるのが良い。

「私は今、自分の思い描いた夢の中で暮らしている」というような喜びと誇り。

それがとても心地よい。

街全体にある住人の満足感と喜び。

少し散歩しているだけでそれは感じる。挨拶を交わす人々にも余裕を感じる。

それが、この土地が気分を変えてくれることの秘密。

 

でもじゃあここに住めるか?というと、無理だろうな。

僕は旅行者という立場が好きなんだな。

 

振り返るとホテルが見える。

 

途中、ローソンでコーヒーとバナナを買ってホテルに戻る。

誰もいない広間で新聞を読み比べる。

ほんと、人は少ないのに場所というリソースはたっぷり。

 

先日亡くなった日野原さんの記事。

ジャンルは違えど同じ治療家として陰ながらお慕いし、生き方を参考にしていた方。

あの深い心と精神性はなるほど、信仰と幅広い教養によって支えられていたのか。

 

チェックアウトは少し遅めの11時。

1時間ほど仕事をして、帰り道も駅は直ぐ側。

今から帰ったら15時からのカウンセリングには十分に間に合いそうだ。

 

空が徐々に夏っぽくなってきている。

やっぱり良い所。

また来よう。

宇佐巡礼2 大元神社編

前回の記事の続きです。

前回記事『宇佐巡礼1 宇佐神宮編』

 

宇佐神宮を思う存分に堪能して満足したので、ここで終わりにして帰っても良いんじゃないかと、

そう自分に言い聞かせていたのだけど、

でも、知ってるんですよね。

宇佐神宮には奥宮があるんです。

 

御許山と呼ばれる山の山頂にある大元神社というのがそれで、

とんでもない悪路の先にあり、めったなことでは行けない秘境中の秘境だと言われている。

先日もネットで調べたら、車が動かなくなってJAFを呼んで大変な迷惑をかけたというブログの記事に出会った。

そして、タクシーなら連れて行ってくれるとも書いてあった。

でも、タクシーでそんな悪路を進んでもらうなんてなんだか申し訳無いですよね。

 

まあ、今日は十分に満足したし、タクシー乗り場がどこにあるかもよく分からないし…と帰りのバス停に向かって歩きながら、

ふと顔を上げると、目の前にタクシー乗り場が…。

運転手さんと目が合う…あっ(笑)

 

でもまあそこまでして行くのもなあ…とそれでもスルーしてバス停に行って時刻表を見ると、バスは先程出発したばかりで、次のバスまでは1時間待ち…。

うん。分かります。

「来い!」って流れですよね、これ…。

 

気を取り直して、タクシー乗り場に行って運転手に「御許山に登れますか?」と聞くと、

お、おぬし!今何と言った!?みたいな表情になり、

「行けるけど…。時間ある?」と来た。

 

「ありますけど、どれくらいかかります?」

「…1時間半くらい。」

「じゃあ、大丈夫です。お願いします。」と話がまとまる。

 

車の中では「よく登ろうという気になりましたね。普通は一生縁のない場所です。」と、いろいろとお話をしてくれる。

「とにかくひどい道ですからね。びっくりしないでくださいね。」と。

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確かに、え?そっち?道ある?みたいなところを車で分け入って行く。

アスファルトも途中で無くなり、デコボコ道を縦揺れしながら進んで行く。

途中、運転手のおじさんの卑弥呼がここに眠ってるのでは説や、日本発祥説が興味深い。

 

悪路を超えてくれたタクシーと運転手さん。

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車が行けるところまで行ったら、あとは15分ほど歩いて山頂を目指す。

運転手さんと一緒に山道を歩く。

既に肌寒さと共に、濃厚で原始的な神気で身体がビリビリする。

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誰もいない境内に着き、「どうぞこちらへ」と運転手さんがまるで神主さんのようにお社の上へと案内してくれる。

運転手さんと一緒に拝殿の前に正座し、横並びで一緒に手を合せる。

 

太古の氣。

原始的なエネルギー。

最近は仕事の心理療法で、ファミリー・コンステレーションというワークに魅せられているのだが、

人は親やご先祖や祖国といった自分のルーツとつながって、家系に所属しなければ本来の力が発揮できないということを、そのワークを通じて見せてもらっている。

家系とのつながりが縺れたり途切れたりしていると、先祖代々が経験して養った豊かなリソース(才能、エネルギー、知恵、自信)が流れてこなくなり、弱々しくやせ細った存在感の人間となっている。

だから、それとつながり直すことで、脈々と引き継がれて来た家系のリソースを取り戻し、根を張るような逞しい自信を取り戻すことができる。

それがファミリー・コンステレーションの力。

 

そして、神社参拝も意図すれば同じことが起こる。

深く頭を下げ、この国の先人達の意識、神々の意識を敬い、そこで綿々と受け継がれてきた歴史の先端に私の命があります、と。

私はそれを受け取り、神々のリソースとつながり、それを良きことに使っていきますと、そう言う時、

ビリビリと震えるようなご神気が身体を満たし、何かが確実に受け渡される。

太古から続く神聖な意図を紡ぐ者の一員として、迎え入れられる。

 

それは一般的な神社参拝とは違って、イニシエーションのようなもの。

個人として扱ってきた力に、神々の公式のものとしての印が与えられ更なる力が付与される。

天のサポートが大きくなる。

私のような意識の仕事をしている人間にとっては特にそれが重要で、

個人の我の力ではなく、正統な天の印の与えられたエネルギーを扱うことで、

人の無意識への影響の深さが変わってくる。

 

どの神域のどの意図にどれだけ自分がコミットして所属しているか、その質と量がその人の活躍の範囲と「自信」や「才能」を決定づけているとも言えるのです。

これが人生のある側面での真実であり、精神の進化というものの大いなる秘密です。

 

神社や神々のみならず人はあらゆるものと「結び」を作り、それを束ねることで「私」というものを織りなしていくのです。

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失礼の無いよう、写真は少し離れたところから。

 

そして帰り道。

「珍しいですね。お客さんは運が良いですよ。」と運転手さん。

「ここから海が見えることなんてめったに無いんですけどね。ほんとめったに無いんですよ。」と言って車を止めてくれださった。

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更に続けて、「私も神様なんて全く信じて無かったんですけどね。あることがあって導かれましたね。本当に信じるしか無いことが起こって。

導かれますね。ほんとびっくりするくらい導かれます。」とおっしゃる。

 

「それで今は、神様の元に人を連れていく使者のようなお仕事をしてるんですね。」と言うと、

「僕はそう思ってます。」とはっきりと断言された。

 

運転手さんの過去に何があったのかは分からないけれど、人それぞれの運命があり導きがあり、

それに抗ったり従ったりした先で、天命の中にすっぽりと収まって生きる人間の謙虚さ。清潔さ。

敬意を持たずにはいられなかった。

 

帰り道は日本の古代史や神々についてのお話を聞きながら駅まで送ってもらって、しっかりとお礼を言って固い握手をしてお別れをした。

 

次は来るのは何年後になるか。

10年後か20年後か、それは分からないけれど。

必ずまた来ようと、そう思える場所になった。

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帰りの車窓からの景色。

 

良い旅だった。

神社を参拝するも、人と深く交感するも、その土地に触れるも食すも、全てが巡礼なんだな。

自分には無かった響きを自分の中に取り込み持ち帰り、また新しく出会う誰かを響かせていく。

あれもこれもそれも、人生すべて巡礼なり。

宇佐巡礼1 宇佐神宮編

福岡にて2日間のセミナーを終え、今日は大分の宇佐神宮へ。

もう10年以上前から行かねばと思っていながら、なかなかその機会を作れずにきた場所。

全国に4万4千社あるといわれている八幡神社の総本社です。

みなさんのお近くにもきっとお有りですよね。

無かったとしても、大きな神社の中には必ずと言ってよいほど摂社・末社として小さな八幡宮が祀られています。

日本一の広がりを見せている神社の元締め、総本宮です。

 

僕が生まれた時にお宮参りしたのも地元の八幡さんで、その意味では個人的にも最も縁の古い神社です。

ようやくその総本宮にお参りができる日が来ました。

博多から大分の宇佐まではソニックに乗って1時間38分。

ソニックの中が近代的でちょっとテンション上がりました。

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九州の家はデカくて庭付きでいいな〜とか思いながらボケーっと車窓からの景色を眺めたり、

ペットボトルのフタが開けられず苦労してる隣のおばあさんを助けたりしていると、

宇佐に到着。

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想像以上に何も無い…。

 

なんだかアメリカを感じる(笑)

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遠くの山に見える『USA』に至ってはアメリカ感…、狙ってないか?(笑)

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駅前はこんな感じ。

 

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駅を降りたら宇佐神宮行きの人達でごった返してるだろうから、何も考えずにその流れに乗って行こうと思ってたら、違った。

バスを探さないと。

 

待つこと10分。

小さいバスが来た。

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運転手に聞いてみるとこのバスは宇佐神宮には行かないそうな。

次のバスとのこと。

 

バスの後ろには『運転手募集』の看板を発見。

このゆったりとした土地で1時間に1本のバスの運転手として生きるとは、どういうことなのかと想像をふくらませる。

例えば、愛する人と駆け落ちして誰も知る人がいないこの土地で、バスの運転手としての人生を再出発させるとか…。

愛する人がいるだけで十分じゃないかと、うらびれたこの土地で最小限の生活を営む…。

うん。好きだな。この昭和の日本映画的な湿気た感じ。

 

でももう時代は平成を終えようとしていて、そんな湿度はノスタルジーの中にしかない。

 

あ。カニおった。

このカニ懐かしいな。

おばあちゃんの住んでいた海辺の町にはいたるところにこのカニがいて、一日中カニ取りをしていた。

こっちにも。

 

なかなかバスは来ない…。

 

あ、こっちにも。


って、もういいですよね(笑)

 

バスに乗り込むと乗客は3人。

いいですね、この感じ。懐かしいな。

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窓の外では6月なのにスイカが売られている。

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1玉2000円…。うん。普通やな(笑)

 

10分ほどして宇佐神宮、到着。

想像以上に人がいない。

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全国4万4千社の総本社なんですけど…。

 

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このスケールの空間を1人で満喫できる贅沢。

 

道の脇には綺麗な水が流れている溝があった。

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こういう溝にザリガニいたりするんだよなー。

と、のぞき込みながら歩いていると。

 

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グワーグワー…って。お前さんは想定外や…。

 

餌をやっている人と一緒に鯉を眺めたり。

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神が降り立ちそうな場所。柵がしてあるのが残念。

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まだまだ奥へと進んでいく。IMG_8030

 

そして本殿。
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凄い濃厚なエネルギーで脳の中をバシャバシャと洗われてる感覚。

しばらくそれに浸りつつ、椅子があったので座ってしばし瞑想。

 

目を閉じてご神気に意識をチューニングしていると、心が静まってくる。

すると、

ターン!

という音がして、目を開けると御神木の楠の木からでっかい毛虫が落ちてきたようだ。

シャウエッセンの一番立派なやつくらいある…。

まじか…。

しっかり毛も生えてる。

 

でもここは屋根があるから大丈夫。

もう一度心を落ち着けて目を閉じる。

太古より守られてきた日本のルーツのエネルギーに意識を合せる。

心が静まる…。

 

ターン!

 

って、また毛虫落ちてくる(笑)

 

落ちても死ぬわけではなく、落ちてからうねうねと動き出す。

もしかすると移動するためにわざと自分から落ちているのか。

どうも人を攻撃する意図は無さそうだ。

まあ良い。

 

日本庭園によくある、竹にちょろちょろと水が溜まって、カコン!と音がするあれ。

ししおどし?

あれだと思えば良い。

もう一度静かに目を閉じて、心を整える。

全国4万4千の八幡宮の大元であるこの土地の意識に心を合せる。

 

 

ターン!

 

 

ターン!

 

 

ターン!

 

風情あるわー(笑)

 

裏を見ると急な階段があって、その先の景色が気になる。

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下りてみるとこんな世界が広がっている。

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ぼんやりと立っているだけで充電される。

やっぱり大阪に住んでると圧倒的に土の氣が足りないんだな。

 

そしてまた神社に戻って参拝してご祈祷を受けて、引いたおみくじは大吉。

 

『すること成すこと全てが幸いの種となる』

って、うれしいですね。

昨日の住吉神社の大吉といい、九州の優しい土地柄そのままに祝福してもらっている感じがする。

大阪の住吉大社なんてびっくりするくらい凶が出るのに…(ボソっ)

 

満足したところで近くの食堂で遅い昼食。

広い食堂なのにお客さんは僕だけ。IMG_8049

旅をしてるとこういう雰囲気がたまらないですね。

家族で営んでいるようで、

僕が食べていると、側のテーブルで家族5人が出てきて静かに昼食を取り始めた。

テレビでは最近生まれたパンダの赤ちゃんの話題。

 

毎日こんな風に家族で昼食を囲みながら歳を重ねていくのか…と、そのゆったりとした時間感覚に思いを馳せる。

 

とり天とだんご汁と、なんとかご飯。名物セット。

家の食事のような手作り感が良い。IMG_8050

食べ終えたら、心も胃袋も満足して、そろそろ帰ろうかとバス停に向かう。

 

もう今日は十分に堪能したし、このまま終わりにして帰っても良いんじゃないかと、

そう思ったのだけど、でも終わりじゃないんですね。

続きがあるんです。

本当の巡礼はここからなんですね。

長くなったので、続きは次回に。

福岡巡礼

朝5時起きで福岡へ向かう。

大阪でも開催している心理療法のセミナーだけど、あえて福岡で受けるのも気分が変わって良いかも…と福岡参加を決めた訳だけど。

2ヶ月前の自分に出会えるものなら言ってやりたい。

 

「余計な色気出すなや!しんどいわ!」と。

 

うー。1時間睡眠が堪える。

でも初めて乗った新幹線さくらはグリーン車のような1列4席で快適。

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故郷の相生市は一瞬で通り過ぎ、 その後の瀬戸内の田園風景に癒やされつつ。

 

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一睡もできないまま9時過ぎに博多に到着。

セミナーを受講して昼ごはん。  

が、寿司めっちゃ美味い!

福岡来て良かった!(笑)

 

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なんだろうこのクオリティ。

新鮮なネタが手に入る地域というのは得てしてネタに頼り勝ちになるもので、

でっかいネタをドン!と乗せてあるだけでどこか緩んだような詰めの甘さを感じるのだが、

そんなものは寿司道においては堕落なのだと、この寿司を食べると良く分かる。(語るなぁ…(笑))

 

この寿司には、1つ1つの小さなシャリに丁寧な意識を注いで作ったような作り手の職人的な氣を感じる。

そう思ってもう一度見てみましょう(笑)

 

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うん。美味そうでしょ。

人は食材と一緒に、作り手の意識を食べているんですね。

 

それにしても、福岡はでかい。 想像してたのより4倍くらいでかい。

 

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街に勢いを感じる。

地元の参加者に聞くと、ここ数年で大きく変わったのだとか。

確か都市としての成長性は全国1なんですよね。

 

元気があってお金の匂いがするもんな(笑)街に勢いがあると良いですね。

 

今日の宿。  

FullSizeRender 11 ここでもまた必要最小限の部屋。

カプセルにちょっとしたスペースが付いていて書き仕事くらいはできる。

これくらいがちょうど良い。

生活をミニマルに削ぎ落とせるというのが旅の醍醐味なのだから。

 

ホテルのロビーで電話セッションを1本済ませ、お腹が空いたので適当に近所を散策して、一番近くのラーメン屋へ。

それがまた大当たり。

 

美味すぎて唸る。

 

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本格担々麺と本格麻婆豆腐のコラボが完璧に機能している。

天才か。

 

このクオリティーでお店ガラガラって、一体どうなってるんだ福岡…。

店名も無駄にキワキワを攻め込んでるし…(笑)

 

 

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こんなに空いている店がこの旨さなら、地元民がこぞって行く店なんかだと、それはもう美味すぎて正気を保っていられなくなるのでは…と不安になってスマホで調べたらこの店、

2014年の『辛メシ総選挙』1位の店だそうな。

良かった。なんか安心した(笑)

大名ちんちん。(あんまり大きな声では言えませんが)おすすめです。

 

麻婆豆腐が本格的で、僕以外のお客さんはラーメンではなく麻婆豆腐定食をオーダーしてる人ばかりでした。

確かに、上に乗ってる麻婆豆腐めっちゃ美味かったです。

 

が…、刺激が強すぎて夜中にお腹をこわす…(´Д`)

 

辛いの好きだけどお腹は繊細という、この切なさ…。

 

 

そして、翌日は少しだけ早くホテルを出て近所の住吉神社へ。

大阪の住吉大社が僕のホームなのでこちらも挨拶しておこうと。

裏側の駐車場から入ると鬱蒼とした茂みが。

 

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こういう池好き。

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お。 大阪の住吉大社と同じ感じ。

 

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入ってみると当たり前だけど氣が住吉大社と一緒で、

それに反応してお腹の辺りがウキウキと喜ぶ感じまで一緒で、思わず笑ってしまった。

 

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しばし瞑想して、引いたおみくじは大吉。

今が伸び盛りなのだとか。

 

神社を後にしてセミナー会場へ。

途中セブンでコーヒーを買う。

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日本全国どこででもこのクオリティのコーヒーが飲める豊かさ。

 

それにしても、オシャレで良い感じのマンションが54000円て、安いなぁ。

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福岡良いですね。

地元の参加者も皆「住みやすい」って口を揃えて言います。

 

九州の女性は男性を立てるって話しになって、 「私の友達のお母さんはお風呂に入ってる夫の背中を流しあげるって…。」て、ほんまか…。夢の国かここは…。

 

九州女子…。

 

*****

セミナーを終えて、今夜ももう一泊。

今回は友人に教えてもらって宿を変えてみたけど形は昨日と一緒。

カプセルに少しのスペース。

でもこちらのホテルは大浴場や露天風呂やサウナがあってお得感がある。

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なんとなくホテルの中で通り過ぎるおじさん達を見ながら、

福岡のおっちゃんはイカツくて独特なファッションセンスしてるな〜って思ってんだけど、

 

部屋着を着てみたら僕も一緒でした(笑)

 

 

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なるほど皆これを着てたんやな。

いぶし銀な感じがなかなか良いでしょ?(笑)

 

福岡は大きくてとてもじゃないけど数日では味わい切れませんが、食も雰囲気も良くて大好きになりました。

また来たい。

できれば強靭な胃袋を持ってまた来たい。

 

明日はこのまま大分に移動して、宇佐神宮に参ってきます。

 

春と意識

3月も残すところ数日となり、今日は骨休めに1人で実家の相生市に帰省して、1日山に篭っておりました。

たまに人間の意識世界を離れて、山に1人になってリセットしたくなるんですね。

そんな時に実家が程良い田舎にあって程良い高さの山があるのは本当に助かるなと、最近になってそのありがたさを噛み締めております。

子供の頃から慣れ親しんだお気に入りの山があります。

久しぶりに行ってみると、いつもの登山口に新しく看板が立てられてました…。

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天空のパワースポットって…。この色使い…。パワースポットブームに寄せて来たな~と笑ったけど、確かにここはパワースポットなんです。そこらの裏山とは氣が全く違います。

充電される。

でも一番ありがたいのは、平日に行くと自分以外の人がほとんどいないこと。

都市に住んでいると、周りに誰もいないという感覚がとても貴重に感じます。

山に入って1人で歩きだすと、人間の意識世界を離れて自分が野生に帰っていくような、呼吸がしやすくなるようなホッとする感覚。

心が静まってきます。

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立派に生い茂るシダ。

普段意識しなくとも人は周りの人間とエネルギー的に作用し合いながら生きているんですね。

山に入ってしばらく歩いて半径1キロ以内に人が誰もいないような環境に身を置くと、そのことが体感で分かります。

身体から何かがほどけるような感じがあり、自分でも驚くほど心が静かになります。

自分は普段からこの状態に戻りたいがために瞑想を取り入れてるんですね。

でも都会での瞑想ではここまではなかなか難しいですね。

どんなに頑張っても半径20m以内には誰かいますもんね。

でもここでは誰もいない。人の意識が無く自然の木々や鳥たちしかいない。

その子たちと同調することの心地良さ。

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僕は小学生の頃から、学校から帰ると1人で山に入っていく子供だったのですが(危ない子ですね)今思うとそうやって意識のリセットをしていたんですね。

そしてその必要性は大人になった今でも大いにあるようです。

誰もいない休憩所でゴロンと横になって空をながめつつ、ホトトギスやキツツキの声を聞いている。

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ゴロン…。写真が逆になってますけど空見てるので、こんな感じです。

自分の周り半径1キロ(もしかすると5キロ以上?)の範囲内に人間が1人もいないと、自分がどのような意識状態になるのか、

もしかすると生涯に一度もそれを体験したことの無い人も多いのかもしれませんね。

一説には人間のオーラ場は半径15メートル、魂の身体に至っては150メートルにまで広がっていると言われています(僕が見たわけではありませんが…)

だからそこに人がいると意識はしていなくても、都会に住んでいるだけで無意識に多くの人と混ざり合ってるんですね。

ではその混ざり合いが無くなるとどうなるのか?

半径数キロに人間がおらず自然だけがあるような環境では自分の心に何が起こってくるのか。

自分の心がどれほど静まるものなのか。

自分の内側からどのようなフィーリングが現れてくるのか?

この感覚を普通の暮らしの中で何気なく味わえていたのは、もしかすると田舎育ちの人間の特権なのかもしれません。

そんなことを考えつつ登ること数10分。

途中に小さな洞穴があって、その奥に地蔵様が祀られていてます。いつもそこで瞑想するのですが、今回行くとその入口付近にも新しく看板が立っていました。

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なるほど修験者の修行の場だったんですね…(知らなかった(笑))

詳しい説明もありました。

岩の奥の龍脈の近くで修行できるように、修験道の行者によって人間の手で掘られた洞窟なのだとか。

掘られたのが江戸時代以前で、昭和30年ころまでは修験者が常駐していたのだとか。

馴染みある場所に意外に深い歴史があるのは興味深いですね。

神聖な場所なので洞窟の写真はやめておきました。

それは、あなたがご自分で来た時のお楽しみということで(誘ってるのか…!)

だいぶ高くまで登ってきました。

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この感じ。

ホー…ホケキョ!言うてます。

途中、春を見つけたり。

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そして頂上に近づいてくると、天に登った感がすごいです。

この感じ。

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ものすごく登った感がある景色ですけど、実は20分ほどです(笑)標高わずか300m程度でこの達成感を演出してくれる景色は助かってます。

岩場で景色を眺めつつ1人でしばし瞑想。

神よ…!出でよ…!と念じてみる大人の遊び…。

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ぱかーっと空が割れ。ええ雰囲気出してくれます。

しばらく1人でぼーっとしていると縮こまっていた気持ちも大きくなって、リフレッシュしてきます。

都会生活だとこんなに広い空間にまで意識を広げること無いですもんね。

できれば毎月来たいくらいですが、なかなかね。

頂上にはこんなボックスが。

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登山ノートを開いてみるとこんな強者が。

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毎朝登り続けて今朝で3970回目の登頂だったよう。

本当に行者がいるんだな。10年か…。毎朝か…(ちょっとうらやましい)

こんな意識状態から一日を始められるなんて気持ちが良いだろうな。

でも、こういうのは老後の楽しみに取っておこう。

まだまだ仕事で貢献したいし俗世にまみれたいぞ。

さあ下界へ。

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日も傾き、1人帰路についたのでした。

そこに戻れば自分をチューニングし直せる場所があるというのは、ありがたいものですね。

民泊が可能にする世界

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airbnbで日本地図とともに宿泊先を見ていると、民泊ってほんと面白い。

https://www.airbnb.jp/

僕は観光地のように、「どう見せるか?(魅せるか?)」みたいな自意識のある風景にはあまり興味が無くて、

むしろただ生活している人たちの日々の営みにどうしても出て来る、人間の無意識のような景色に触れてみたいと思っている。

だからホテルの無い場所、つまり普通であれば素通りする他なかった場所に宿泊できるようになることは、本当にワクワクする。

僕が触れてみたかった生活の無意識に触れられるのではないか?

土地との新しい関わり方が可能になるのではないか?

そう思う。

宿泊先を見ていると、おもてなし精神に溢れた家族が普通の一軒家の一室を貸し出していたりする。

子供が独立して子供部屋が空いてるし、私達も刺激が無くなって淋しいから旅行者でも受け入れてみようかしら…。そんな家族の声が聞こえてきそうだ。

それはつまり、その家に普通に暮らしているホストとの交流なんかも期待できるということ。

その土地に根ざして生きた人たちの感性や人生にも触れられるかもしれない。

これは新しい形で人と人が出会う可能性が出てきたということだ。

そして、それは僕が「旅」というものに求めるもののエッセンスそのものである。

面白い時代が来た。

例えば僕の仕事の場合、地方でのカウンセリングのための拠点や、執筆のためのお気に入りの場所などを見つけて、定期的にそこを訪れて親睦を深めていくと、その土地土地にちょっとした家族のようなつながりが出来ていくかもしれない。

逆に家を持つ側はどうだろうか?

田舎に家を建てる時、あらかじめゲスト用に部屋を作っておくと、そこをアメリカ人や中国人や韓国人や日本人が訪れ、少しの会話と文化的な刺激を残していくだろう。

それは家の中に世界とつながるメディアを持つということ。

部屋がメディアになり多様な文化に触れることができる。

それは教育的にも面白い刺激となり、子どもたちはそれを通じて新しい感性を育てるだろう。

あるいは、そんな旅行者達の中に家族のように大切に思える人が出て来るかもしれない。

なんという広がり。

自由さ。

こういった人間の流動性は「家族」というものに対する感性を変容させていくだろうし、日本人が長年縛られてきた「イエ」という呪縛をゆっくりと解体していくかもしれない。

つながりたかったけどつながりようのなかった人間のある側面を、テクノロジーが簡単につなごうとしている。

いやはや面白い。

僕らの心はますます自由になっていく。

マクド的異文化交流

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また先日のマクド(マクドナルドの大阪表現)にて、

出入り口付近でパソコン仕事をしていたら、押しボタン式の自動ドアの外で、外人さん親子がなにやら奮闘している。

何ごとかと思って見たら、押しボタンで自動ドアを開けて外に出たはよいけど、ドアが閉まらなくて困っている様子。

どうやら律儀に自動ドアを締めるためにボタンを押しているようだ(笑)

子供が押しても押しても閉まらない(そら自動ドアやからな)

今度は、どいてみなさい、って感じでお父さんが強めに押しだした(笑)

でもドアは空いたまま(そらそこに立ってると閉まらない)

僕と目が合うと外人さんは困り果てた顔で、お手上げ的なジェスチャー ┐(‘д’)┌

その一瞬で僕の脳内は熱いくらいにフル回転し、これまで英語勉強に注いだ全ての努力の結晶をここに示すが如く勢いで単語をひねり出し、ネイティブさながらの発音でこう言った。

「Automatic!! … …

……や…から、勝手にうぃ~~んって閉まりますYO!」

「wow!(゚∀゚)」

外人親子は目からうろこ的な表情をして帰って行った。

うん。

なんだろう…。

若干敗北感が…(笑)

両手でうぃ~~んて自動ドアが閉まるジェスチャーした所が一番伝わった気がする(笑)

 

 

マクド的優しさ

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やっちまった…。

東京滞在のマクド(マクドナルドの大阪的表現)にて、

セット食べながらスマホいじってたんだけど、コーヒーを置いた所がトレーの縁のところで、

ばしゃーん!って盛大にこぼしてしまった。

周りの人にはかかってない! セーフ!

でもキャリーケースのジッパーのところにこぼれてしまった、やばい!

中のワイシャツが濡れたらシミになる。それは困る! と一瞬で判断して、

慌ててカウンターに行って雑巾を求めたら、

「いえいえ。こちらで拭きますので、大丈夫ですよ(^^)」っておばさん、

ちゃうねん。

「急ぎで拭くものが欲しいんです。これ使っていいですか?」と、カウンターにおいてあった布巾を握って言うと、

「すみません(^^)ダメなんです。」

ダメなのか!!

「すぐに行きますので(^^)」

いやいやいや。まじかー。

とりあえず紙ナフキンを取ったら、2枚で紙切れ!(笑)

うおー!

仕方がない。

その2枚でひとまずジッパーのとこだけ拭いて、中を確認したら中までは滲みてなさそう。セーフ。

そしておばさん。すぐに来て、

「大丈夫ですか~(^^) 後はやりますんで、席移ってくださって大丈夫ですよ。

これも新しいのご用意しますね。」

って、僕のほぼ食べ終えたトレーを持って行こうとする。

「いやいや。大丈夫ですよ。ほとんど食べ終えてますんで」

「いえいえ。新しいのご用意します。大丈夫です(^^)」って満面の笑み!?

「いや。こっちが大丈夫で…。あぁ…」

持っていかれる(笑)

そもそも別にポテトとか濡れてなかったし、ほぼ完食してたんだけど…。

そして、山盛りのポテトとなみなみと注がれたコーヒーが入ったトレーを用意されて、(ハンバーガーはそのまま)

「はい。どうぞ。ごゆっくり(^^)」

「いや。ほんと、すみません。ありがとうございます(^_^;)」

というわけで今、満腹の僕の目の前には山盛りのポテトとコーヒーがある…。

何故かコーヒーのフレッシュに至っては新しいの2個くれている(笑)

なんなんだろう。このマクド的優しさ…。

重い…(笑)

そして新しく座った席の正面には、80過ぎであろうお婆さんがドストエフスキーみたいな苦悩の表情で頭を抱えて塞ぎこんでいる。

なんなんだ。

なんなんだ東京。

優しいのか厳しいのか。

チューニング難しすぎるわ!

 

神々のお膝元でアオダイショウを見せるという仕事

男40歳…。本厄です。

そこで、厄払いに来ました。

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住吉大社です。

そして、なぜか、

カメ捕まえました…(笑)

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ぬーん。

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可愛いな。

クサガメのオスですね。

しばらく一緒に遊びました。

のそのそのそのそ…。

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その後、池を眺めていると、

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おっちゃんが僕のところに来て言う。

「兄ちゃん、あそこ見てみ。あの白いの見えるやろ。あれ大きなヘビや。アオダイショウや」

僕「へー。そこにもいますね。」足元の石垣にもアオダイショウが這っていました。

おっちゃん「うわ!ほんまや、みんなこっち来てみ!大きいのおるわ!」

おばさん達がぞろぞろ集まって来る…。なんやこの流れ(笑)

僕「やっぱり、神社でヘビ見たら縁起が良いとかあるんですかね?」

「いや、知らん…。」て…、なんやねんな!(笑)

石垣に引っ込んでしまってるけど見えるかな。アオダイショウ。

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ほんとは凄く大きかったんです。(いや、そもそも見たかったですかね?(笑))

そしてしばらく近くを散歩していると、

また遠くでおっちゃんの声がする。

「姉ちゃん。あそこに大きいアオダイショウがおるでー。こっち来てみ。」

って、ナンパのアイテムか!(笑)

「多いと1日に4匹見る日もあるからなぁ…。」

そっか。おっちゃんは毎日ここにいるんだな。

毎日、住吉大社の隅のベンチで日向ぼっこしながら友人と語らいつつ、そこを訪れる観光客(外国人含む)にアオダイショウを見せて驚きと喜びを提供しては心を通わせる。

これはこれでなかなか素敵な余生ではないか。

そんな事を思った。

お祖父ちゃんは晩年、住吉大社の外の池のところで観光客にアオダイショウを見せて喜ばせることをライフワークとしていました。とか。

うん。たぶんそういう名付けようもなくお金にもならない仕事が世の中にはたくさんあって、

僕ら人間の理解を遥か超えたところで実はそういった仕事が世界を崩壊から守ってくれてたりするのかもしれません。

あのおじさんがアオダイショウを見せなくなって以来、地球がどうもおかしいんですよね…。とか。

無いと思うけど。

うん。厄払ってきます。

故郷探索-3月28日

3月の桜咲く前のこの時期に、自然に触れて英気を養うべく、実家がある兵庫県の相生市に一人で帰省した。

一人で実家に帰るようになって気づいたのだけど、電車で2時間程度で行ける田舎町に実家があっていつでも好きなときに帰れるというのは、ちょっとした別荘を持つよりも豊かなことなのかもしれない。

この町で過ごした18年よりも大阪で暮らした時間のほうが長くなったけど、やっぱり故郷は特別で、子供の頃の記憶が張り付いた町並みを歩くのは独特の旅情を呼び覚ます。

住む人がいなくなった家に誰も遊ばなくなった公園の滑り台と、そこに流れたであろう時間。

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本当に旅したいのは距離ではなく時間と、そこに注がれたであろう意識なのだ。

この景色など僕が子供だった30年前からほとんど変わっていない。

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込み入った路地を探索して、そこに暮らす人の生活の息遣いを感じるのが好きだ。

そしてちょっと歩くと、なんという絵になる景色だろう。ゴッホの絵みたいに生命力に溢れている。

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山に囲まれていて、周囲からホトトギスやキツツキの声がする。

生命の息吹を感じていると、ここの主役は人間ではなく、それを囲む山や自然なのだということがよく分かる。

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たんぽぽ見つけた。春だなぁ。

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ここまで歩いても誰一人として会わない。人がまったくいない。

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無防備に窓も玄関も開けっ放しで、そこから春の高校野球の実況の声が聞こえてくる。

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昔友達が住んでいた家も今では取り壊されて、あぁ…こんなに狭かったんだ…と、このスペースで繰り広げられたであろう数十年分の家族の営みと、僕がお邪魔して体験したスーパーマリオブラザーズの日々を思う。

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裏山。本当に誰もいない。誰も会わない。

自然の生命力と鳥のさえずりと土の匂い。空気が濃密で陽気が心地よい。

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キラキラして美しい。しばしぼけーっと眺めている。

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いぬのふぐり。じっくりと見つめていると凄い勢いで何かが充電されていく。普段こういう解像度で物を見ることって無いから。

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桜はもう少し待とう。

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咲いてる咲いてる。

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ミツバチ発見。

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ザリガニとカエルがいそうでワクワクする。こういうの大好物。

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途中雨が降って、雨上がりに光る路地。未だ誰一人として会わず、一人歩きながら外的にも内的にも心を広げて遊ばせる贅沢。

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そして花。

誰もおらずとも咲く。

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